金融政策決定会合の議事録初公開 政府と日銀の激論生々しく

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   日銀は金融政策決定会合の議事録を初公開した。対象は決定会合が始まった1998年1月から半年分。不良債権問題を背景に景気悪化とデフレの深刻化に直面した時期だ。政府が日銀に景気認識の修正を迫ったり、利下げをめぐって激論が展開されたりと難局に揺さぶられた日銀の姿が浮かび上がった。

「足を引っ張るレポートは避けてほしい」

   日銀の独立性確保を目指した改正日銀法が98年4月1日に施行され、その直後の4月8日に開かれた決定会合。政府代表で出席した尾身幸次経済企画庁長官(いずれも肩書きは当時)が、日銀の景気認識に難色を示し、強く修正を迫った。

   尾身長官がかみついたのは、日銀事務局が会合に提出した資料での「(景気が)マイナス方向に働き始めている」との景気認識。長官は「国民にマイナスの暗示を与える」として、「(政府が4月中に出す)景気対策の効果の足を引っ張るレポートは避けてほしい」「(景気回復に)勝負をかけて内閣の命運をかけた政策をやっている」と再三求めた。

   結局、長官の要求は受け入れられず、日銀は4月13日、「経済活動全般に下押し圧力が強い状況にある」との景気認識を発表した。長官の発言は改正日銀法の趣旨が政府に浸透していなかったことを物語る。

   ただ、日銀が厳しい景気情勢を必ずしも直視していたわけではない。5月19日の会合で日銀の山口泰副総裁は「向こう2~3四半期以内で景気は底を打ち、緩やかな回復に向かう」と楽観的な見通しを描いた。政府が4月25日に総合経済対策を決定し、秋には景気浮揚効果が出るとの期待からだった。

「現状維持では日銀は何を考えているのか」

   しかし、経済対策の発表後も市場での「日本売り」は止まらず、円安・ドル高が進行した。6月12日の会合で中原伸之審議委員(元東燃社長)は「これで(金融政策の)現状維持では日銀は何を考えているのか(と受け止められる)」と利下げを主張し、三木利夫審議委員(元新日鉄副社長)も「経済は二番底の懸念がある」と指摘した。だが、会合は賛成多数で現状維持を決めた。

   その後、6月上旬には日本長期信用銀行(現新生銀行)の経営不安が広がった。6月25日の会合で、日銀の速水優総裁は「特定の銀行から資金の引き出しが起こり、ここしばらく安定していた株価は急落し、かなり危機的な状況になってきている」と発言。名指しを避けながらも、長銀の経営破たんに強い懸念を示していたことが明らかになった。長銀が一時国有化されたのは98年10月だ。

   この会合では山口副総裁が「(景気は)予想を超えて、下の方に振れつつある」と当初の見通しの甘さを認めた。だが、速水総裁は「(利下げで)円安方向に金融政策のアクセルを踏む時期ではない」と主張。結局、9月に無担保コール翌日物金利の誘導目標を引き下げるまで金融政策は据え置かれた。

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