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「ノルウェイの森」1000万部 未だ衰えぬ人気の秘密

   今や世界的作家となった村上春樹さん(60)の代表作「ノルウェイの森」がついに発行部数1000万部を突破――。最新作「1Q84」の話題と相まって相乗効果で売り上げを伸ばしたらしい。さらに、2010年秋には映画公開を予定しているとあって、「ノルウェイの森」は再び脚光を集めている。

「大学生にとって『通過儀礼』のような一冊なのでは」

   村上春樹さんは1979年、「風の歌を聞け」でデビューした。かわいた軽快なタッチで書かれ、芥川賞候補にもあげられた。作家・丸谷才一さんのプッシュもあったが結局、受賞とはならなかった。が、村上さんはその後、創作意欲は衰えることなく、短編小説やエッセイ、アメリカ小説の翻訳なども手がけている。趣味はJazzレコードの蒐集とマラソン。最近ではトライアスロンにもチャレンジしている。

   「ノルウェイの森」は今から22年前の1987年に上梓された。1960年代後半を舞台に、主人公・僕、高校時代の同級生のキズキ、キズキの幼なじみで恋人だった直子の物語を軸に話は展開していく。その喪失感、孤独感は世界中の若者の心をつかんだ。33言語36か国で出版されており、最近ではアジア、とりわけ中国では人気が高いという。「ノルウェイの森」は2010年秋には映画化することも決まっており、ベトナム出身の映画監督トラン・アン・ユンさんが指揮を執る。

   2009年5月には7年ぶりの長編小説「1Q84」が発売された。「1Q84」の発行部数の伸びが幾度となく報じられる中、代表作「ノルウェイの森」を購入する人も増えていたようだ。講談社販売部によると、6月には42万部、7月には21万部、8月には11万部を重版する人気ぶり。8月5日発行分でついに、累計1000万部に到達するという。

   講談社販売部は、「『ノルウェイの森』に限らず、村上作品は世代を問わずに売れています。強いていえば、大学生協では常に、村上春樹さんは人気作家のベスト10には入っています。20歳前後の大学生にとって、村上作品は『通過儀礼』のような一冊なのでは」とも話している。

恋愛の形、男女関係が新しかった

   さて、そんな村上作品の魅力とは何なのか――。日本の近現代文学の研究で村上作品にも詳しい中央大学の宇佐美毅(うさみ・たけし)教授は、「いろいろな読み方ができるのが魅力でしょう」と話す。

   宇佐美教授によると、村上作品の読み方として、恋愛や都会的なオシャレさが好きな「憧れ型」、ストーリー展開の謎に迫る「謎解き型」、人間関係の距離の取り方や無理しなくてもいいのだという癒しを求める「癒され型」に分けられる、と指摘する。また、小説の舞台が1960年代後半に設定されているケースも多く、古くからのファンにとってはノスタルジーも魅力。いずれにしろ、多様な読みができるために、様々な読者がついているようだ。

   もっとも、宇佐美教授は、「デビュー当時からも一定のファンがついていましたが、作家としての人気を決定づけたのが『ノルウェイの森』でしょう」とする。このベストセラー小説は、恋愛の形、男女関係が新しかった。恋愛小説といえば従来は、べたべたとしたものが多かった。――アナタがいなければ生きている意味がないというパターンだ。

   しかし、「ノルウェイの森」では、死んでしまった人間に対して、残された人間はどう生きていくか、その傷をどう癒すかが描かれた。宇佐美教授によると、この点が新鮮であり、読者に広く受け入れられたという。また、22年たった今でも新鮮に感じるのは、「自殺者が毎年約3万人にもなる現在の日本は生きにくいし、人とつながるのが難しい社会。そんな中、身近な人に(それも自殺によって)先立たれてしまった心の傷に対する癒しは、切実で今日的なのではないでしょうか」と話していた。