「本当に必要な日用品を届けたい」仮設・借上げ住宅への支援【福島発】

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被災市町村の半分にあたる13市町村、約17,500世帯が支援対象地域
被災市町村の半分にあたる13市町村、約17,500世帯が支援対象地域

   難民を助ける会では、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成を受け、福島県内の仮設住居・借上げ住居に入居する全世帯(約35,000世帯)を対象に、特定非営利活動法人アドラ・ジャパンと共同で、生活必需品一式(調理器具、掃除・洗濯道具、こたつ机、食器棚など)の支援を行っています。被災市町村の半分にあたる13市町村(約17,500世帯)が難民を助ける会の対象地域です。相馬市や南相馬市のある浜通りの6市町村では、7月末までに仮設住宅への配付が終了しました(建設予定の仮設住宅は除く)。現在は引き続き借上げ住宅への配付を進めています。また、須賀川市や矢吹町のある中通りの7市町村についても、配付を開始しています。


   東京事務局の髙城大吾が、支援物資を受け取った方々の声と、配付の様子を報告します。


※ジャパン・プラットフォーム(JPF)とは、NGOと政府、企業が連携して自然災害時や難民発生時に緊急復興支援を行うシステムです。政府の資金拠出と企業、市民からの寄付で成り立っています。
→支援の詳細はこちらをご覧ください

「何度お礼をしてもきりがありません」喜ばれた支援物資

「仮設住居にいる間も、地域の絆を深めたい」と話す鈴木陽一さん。右が髙城大吾
「仮設住居にいる間も、地域の絆を深めたい」と話す鈴木陽一さん。右が髙城大吾

   7月29日、相馬市柚木の仮設住宅にお住まいの鈴木陽一さん(74歳)を訪ねました。鈴木さんは震災当日は東京におられ、難を逃れたそうです。相馬市磯部の海沿いにあった自宅は流されましたが、幸いご家族は無事でした。「仮設住宅に移ったときは着るものも食べ物もありませんでしたので、皆さまからいただいた生活用品はとても助かりました。何度お礼をしてもきりがありません。本当に感謝しています。」鈴木さんはこの仮設住宅の組長を務められていて、今後は地域の繋がりを取り戻すため、夕食会や体操などのイベントを開催したいと話しておられました。


   南相馬市寺内第一仮設住宅に入られた鈴木要さん(63歳)と江美子さん(58歳)ご夫婦は、「ありがたく使わせてもらっています。地獄に仏とはこのことです。まさか自分が被災するなんて考ともしませんでした。私たちは、津波によって家が全壊し、着の身着のままで逃げてきたので、今回の支援物資はとてもありがたかったです。」と話してくださいました。


鈴木要さんと江美子さんは、難民を助ける会の支援に、「地獄に仏」と喜んでくださいました
鈴木要さんと江美子さんは、難民を助ける会の支援に、
「地獄に仏」と喜んでくださいました
相馬市の海沿いに建つ原釜郵便局。もぎとられたかのような玄関が津波の力を物語る(2011年7月29日)
相馬市の海沿いに建つ原釜郵便局。
もぎとられたかのような玄関が津波の力を物語る
(2011年7月29日)

「気持ちが沈んだときに話す相手がいない」懸念される仮設住居での孤立

杉本キミ子さんのところに夏用のタオルケット、洗濯洗剤などをお持ちしました(2011年8月5日)
杉本キミ子さんのところに夏用のタオルケット、洗濯洗剤などをお持ちしました(2011年8月5日)

   8月5日、中通りにある矢吹町の一本木仮設住宅の90世帯の方々に物資をお届けしました。


   富岡町にお住まいだった杉本キミ子さんは、地震後、自宅近くの体育館に避難していましたが、原発事故の状況が明らかになり、バスで郡山市内の避難所「ビッグパレットふくしま」に移動されました。そのとき、手元にあるのは毛布だけだったそうです。現在は、矢吹町の仮設住宅にご主人とお二人で暮らしておられます。


   自宅へ一時帰宅をした際には、線量計が室内で5マイクロシーベルトを示し、外に出ると10マイクロシーベルトになったため、怖くなり、40分程の滞在で家財道具も充分に持ち出せずに退避されたそうです。「仮設住宅で必要なものはないですか?」との質問には、「着の身着のまま逃げてきて、15日間も充分な食事を取れない状態が続いたから物欲がなくなっちゃった」とのお返事。「それよりも、ここ(仮設住宅)では喋りたいときや、気持ちが沈んだときに富岡町の知り合いがいない。」「富岡にはもう……戻れないですよね。」


   この一本木仮設住宅には、地元の方だけではなく、福島県内の様々な地域から入居者が来ています。それまでの地域の繋がりが失われてしまい、入居者が孤立しがちなことが気になります。

復興に向け、奮闘する地元の皆さま

おそろいのTシャツで作業をする富岡町の皆さん(2011年7月19日)
おそろいのTシャツで作業をする富岡町の皆さん(2011年7月19日)

   仮設・借上げ住宅入居者への支援は、各自治体の皆様のご協力を得て行っています。今回の支援対象の一つである富岡町は、福島第一原子力発電所の20キロ圏内にあるため、全住民に避難指示が出され、町役場とともに、住民の多くが郡山市にある「ふくしまビッグパレット」に避難していました。

   ご協力いただいている富岡商店街協同組合のメンバーも各地に避難していましたが、支援物資の調達や発送業務に協力いただくことが決定し、全国に避難していた同組合のメンバーが郡山市に集結しました。富岡町では支援の対象世帯数も多く、それに伴って発送業務の負担も大きくなります。また、避難先の郡山市では、発送に必要な倉庫を見つけることも難しい状況でしたが、同組合の市内を探し回って2つの倉庫を確保してくださいました。同組合のメンバーの中には、ホテルで生活しながら業務に携わっている方もおり、避難先での難しい環境の中、富岡町で被災した皆さんに「出来る限り早く」支援物資を届けるために、奮闘してくださっています。今回の支援では、地元で被災した商店の皆様の復興への思いが、活動を支えています。


「入居者を直接励ますことができるのが嬉しい」と、矢吹町商工会の湯田晋介さん(左から2人目)、圓谷亮太さん(同3人目)(2011年8月5日)
「入居者を直接励ますことができるのが嬉しい」と、矢吹町商工会の湯田晋介さん(左から2人目)、圓谷亮太さん(同3人目)(2011年8月5日)

   また、矢吹町では、「世帯ごとに必要としているものは違うだろう」と、役場と商工会の方々が各世帯に、提供できる物資のリストを配り、そこから選んでもらうという方法で支援を行いました。集計の結果、扇風機44台が必要になりましたが、今年の夏は暑さと節電のため、扇風機の入手に非常に苦労しました。新しく仮設住居に入居した世帯に渡すリストから、扇風機をはずそうかと役場の方と話し合ったところ、 商工会の湯田さんが、「みなさんが扇風機が欲しいと言っているのだから、何としてでも届けたい。自分が大手量販店を回ってでも扇風機を探すから、品目の変更はしないでほしい」と申し出でてくださいました。手間を厭わず、それぞれの世帯が本当に必要としている日用品を届けたい、という商工会の皆さまの熱意に支えられ、このたびの支援活動を行うことができています。ご協力くださる方々に心より感謝申し上げます。

これまでの配付実績

   8月31日までに、仮設住宅5,464戸、借り上げ住宅6,636戸の、計12,100戸に物資の配付が完了しました。

仮設住居(計5,464戸)
飯舘村665戸、新地町190戸、相馬市1,000戸、南相馬市2,310戸、富岡町882戸、川内村321戸、鏡石町50戸、西郷村46戸
借上げ住居(計6,636戸)
相馬市1,000戸、南相馬市2,761戸、富岡町2,500戸、川内村375戸

(難民を助ける会 東京事務局 髙城大吾)


認定NPO法人 難民を助ける会
1979年、インドシナ難民を支援するために、政治・思想・宗教に偏らない市民団体として日本で設立された国際NGOです。
2011年3月11日に発生した東日本大震災を受けて、地震発生当日より活動を開始。宮城県仙台市と岩手県盛岡市に事務所を構え、緊急・復興支援を行っています。
活動にあたっては、特に支援から取り残されがちな障害者や高齢者、在宅避難者、離島の住民などを重点的に支援しています。食料や家電などの物資の配布、炊き出し、医師と看護師による巡回診療など、多面的な活動を続けています。
■ホームページ http://www.aarjapan.gr.jp
■ツイッター  http://twitter.com/aarjapan

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