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米国「新聞の危機」上
本業に集中、ジャーナリズム復権に賭ける ニューヨーク・タイムズ

   米国で「新聞の危機」が叫ばれたのはつい2-3年前だったが、近ごろ有力紙の破綻や人員整理というような暗いニュースはすっかり影をひそめている。地盤沈下は確実に進行し、業績不振が日常化しニュースでなくなったというのが現実である。

   新聞チェーン大手の「マクラッチ」を見てみよう。2011年度上半期(1-6月)の売上は前年同期から9.6%減り、純益は68.5%も急落下し て300万ドルを割る有様である。同社の旗艦紙である「サクラメント・ビー」はカリフォルニア州の有力紙のひとつだが、最近はコストカットの嵐が吹きまく り、社員数は3年前の半分の700人ほどになった。この5月にも44人の社員がクビになっている。

広告依存型モデルが蘇生する可能性は小さい

   広告収入の激減に対しリストラが唯一の対処法だとする「逃げの経営」に徹する同社のゲリー・プルイット最高経営責任者(CEO)は、「延長19 回に突入したような感じだ」と語る。出口が見えないというわけだ。「(広告収入への依存度が高い)ビジネスモデルはそのうち安定するだろう」と期待するが、その兆しは見えない。

   実のところ新聞業界を取り巻く環境は激変し、従来の広告依存型モデルが蘇生する可能性は小さいという見解に与する人が増えている。新聞はナンバー1の情報源ではなくなり、広告掲載の価値が低下しているからだ。

   9月末に発表された民間調査機関ピュー・リサーチ・センターのレポートによれば、アメリカ人の69%は、新聞(地元紙)がなくなってもローカル 情報の入手に困ることはないだろうと回答した。インターネット、テレビ、ラジオなどが情報源になるというのだ。新聞への依存度は、世代により大きく異なる。例えば犯罪ニュースをみると、18-39歳グループで新聞をニュース源にする人は23%だけだが、40歳以上のグループではその比率がほぼ倍の44%にもなる。

   こうしてみると新聞は中高齢層向けの情報媒体であり、今後その読者が高齢化する「レガシーメディア」といえるだろう。ビジネスとして継続して行くことは可能だが、大きな成長は望めないと言える。

   ニューヨーク・タイムズは、アメリカでは極めて数の少ない全国紙(印刷版)のひとつである。他にはUSAツディーと経済紙のウォールストリー ト・ジャーナルだけが全米各地で購読できる。この3紙のなかで世界的な影響力を誇るのはニューヨーク・タイムズだ。といっても同紙の発行部数(平日版)は 90万部程度で、地元ニューヨークでもエリート向けの高級紙という位置づけになっている。

   インターネットの急激な発展で広告収入に翳りが生じていた新聞業界にとって、2008年秋のリーマンショックは予想もしていなかった強力なパンチであった。ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの両紙もリングに倒れた。

紙、パソコン、スマホのどれでもニュースを手元に届ける

   08年度にニューヨーク・タイムズは4千万ドル以上の赤字を出し、一時は「身売り」の噂までが流れた。ワシントン・ポストも60年代以来初めて 赤字に転落した。両紙ともリストラなどで贅肉を落とし、10年度までには黒字経営に戻ったが、その前途は不安に満ちている。つまり現状維持では読者の高齢化とともにジリ貧になるので、メディアを成長産業として復活させる戦略が問われているわけだ。この問いに対し両紙は極めて対照的なアプローチを選択した。

   米国の新聞はどこも前途に暗雲が垂れ込めている。その中でニューヨーク・タイムズは野心的な戦略を発動中だ。紙、インターネット、携帯電話、携帯端末などの複数の媒体(メディア)を活用してオリジナル情報を発信することだ。

   印刷版かネットかという二者択一のアプローチではなく、紙、パソコン、スマホのどれでも、お好みのメディアでニュースを手元に届けることを目標にしている。いわゆる「プラットフォーム・アグノスチズム」(どのプラットフォームにも使えるアプリケーション)である。

   朝食時に新聞に目を通し、出勤途中ではスマホで速報をチェックし、仕事場のパソコンで過去記事などの検索をするというように、媒体を使い分ける現代人のニーズに応えようとする戦略である。もちろんフェイスブックやツイッターなどを使って読者との双方通行のルート作りにも熱心だ。

   ニューヨーク・タイムズは、このプラットフォーム・アグノスチズムに同社の将来を賭けている。以前はマルチメディアにも触手を伸ばし、テレビ局 やラジオ局を買収して傘下に収めるビジネスモデルを追求した時代もあったが、現在では情報のデジタル化への対応としてプラットフォーム・アグノスチズムを 経営方針の大黒柱にし、本業以外の分野からは撤退した。デジタル時代の報道機関として君臨することがニューヨーク・タイムズの野心なのだ。

(在米ジャーナリスト 石川 幸憲)