自分の命を顧みなかった「消防人」 知られざる救急隊員の3・11【福島・いわき発】

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   3月22日付いわき民報の連載記事「3・11東日本大震災から1年――あの日、あの時から」(13)を切り抜いた。記事は「1人でも多くの命を救いたい―。あの日、被災した沿岸部のまちに自分の命を顧みず、がれきの山を押しのけ、人命救助に従事する消防人の姿があった」という文章で始まる。


   同社の東日本大震災特別報道写真集『3・11あの日を忘れない いわきの記憶』に「命をつなぐ決死の救助」と題した組写真が載る(=写真)。


   津波に襲われた直後の四倉のまちで、若い消防隊員が家に取り残され、けがを負った高齢男性をおぶって1階の窓際に現れる。それを、別の2人の隊員が受け止め、救出する――その瞬間を記者が撮影した。連載記事は、素足の高齢男性を抱えた2人の隊員の「そのとき」を伝えるものだった。


   1人はそのとき、高熱を出して早退し、病院の待合室にいた。もう1人は非番だった。2人はすぐ職場の平消防署四倉分署に駆けつける。当直の若い隊員と3人で人命検索チームを組み、津波に襲われたまちに向かう。


   「『こん中に足わりいおんちゃんがいんだよ』分署を出ると、血相を変え、若い男性が助けを求め、叫んでいた」「2階建ての家屋は傾き、周辺は押し寄せた津波で水たまりになっていた。その妻は数メートル先で手から血を流しながら、がれきでできた孤島の上にうずくまっていた」。その直後の救出劇だった。


   救急隊員の3・11はあまり知られていない。「消防人として当たり前のことをしただけです」。メディアもそう受け止めているふしがある。実は、カミサンの親類に救急隊員がいる。春分の日にカミサンの実家へ線香をあげに来た。彼の3・11もまたすさまじいものだった。


   非番で沖釣りを楽しみ、陸に上がった直後に大地震に襲われた。すぐ近くの職場に駆けつけた。ハマの合磯(かっつぉ)で避難を呼びかけた。「2人は救った」という言葉の裏に無念さがこもっていた。多くの人がそこで亡くなった。本人も間一髪で助かった。


   新聞記事を切り抜いたのは、消防人としての使命感に心を動かされたからだった。同時に、親類の救急隊員の「そのとき」を忘れないためでもあった。

(タカじい)



タカじい
「出身は阿武隈高地、入身はいわき市」と思い定めているジャーナリスト。 ケツメイシの「ドライブ」と焼酎の「田苑」を愛し、江戸時代後期の俳諧研究と地ネギ(三春ネギ)のルーツ調べが趣味の団塊男です。週末には夏井川渓谷で家庭菜園と山菜・キノコ採りを楽しんでいます。
■ブログ http://iwakiland.blogspot.com/

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