「そのとき」を語る基本資料 空白の9日間を埋める【福島・いわき発】

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   いわき市が『東日本大震災から1年 いわき市の記録』(=写真)をまとめ、隣組を通じて全戸に配布した。あれから満1年、「3月11日」が発行日だ。A4判、48ページ。「概要版」だという。


   いわき市の基本情報と東日本大震災についての概要を記したあと、「記録編」として(1)震災発生から(2)大きな影響を受けた社会基盤(3)目に見えない放射線との戦い(4)復旧、そして、復興へ(5)震災からの主な経過――を追い、「写真編」として市のほかに市民、県消防防災航空隊、いわき民報社、小名浜機船底曳網漁協、磐城国道事務所などが提供した写真が載る。


   市長の巻頭言。「記憶を風化させることなく、今後の教訓として後世に残すため、概要版として本誌を刊行」した。要するに、本格的な震災記録誌づくりも行うが、1周年の節目に「概要版」をまとめた、ということだろう。


   昨年3月15日午後、私ら3家族は避難を始め、同23日午後、帰宅した。その間の足かけ9日間、いわきに関する情報が途切れた。それを「概要版」は埋める。たとえば、3月15日朝の動きを含む次の三つ。


   ガソリン不足への対応=3月16日。「市は消防隊員など20人を郡山市へ派遣し、タンクローリー8台で市内11カ所の給油所にガソリンを供給した」。郡山まで行ったのは、いや行かざるを得なかったのは、原発事故のせいでいわきに車が入らないからだった。


   安定ヨウ素剤の配布=3月18日~。「妊婦と40歳未満の市民を対象に安定ヨウ素剤を配布した」


   「震災からの主な経過(~4月30日)」=新聞で言えば「ドキュメント」だ。3月15日午前9時半の記録。「小川町上小川字戸渡地区、川前町下桶売地区(志田名・荻)に自主避難を要請(国による屋内退避指示は、同日11:00発令)」。30キロ圏内でそういう動きがあったことを初めて知る。


   「概要版」といえども、いわき市の公式記録だ。私には、さまざまな「そのとき」を語るうえで欠かせない「基本資料集」と映る。たぶん、ボロボロになるほどページを繰ることだろう。

(タカじい)



タカじい
「出身は阿武隈高地、入身はいわき市」と思い定めているジャーナリスト。 ケツメイシの「ドライブ」と焼酎の「田苑」を愛し、江戸時代後期の俳諧研究と地ネギ(三春ネギ)のルーツ調べが趣味の団塊男です。週末には夏井川渓谷で家庭菜園と山菜・キノコ採りを楽しんでいます。
■ブログ http://iwakiland.blogspot.com/

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