J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

特集「尖閣最前線・石垣島はいま」第1回
「中国漁船が押し寄せてくる」は事実無根 漁協組合長「誇張報道が多い」

   2012年9月、政府が尖閣諸島の国有化を宣言した後に日中関係は一気に悪化した。中国全土で反日デモが吹き荒れ、経済交流は停滞。関係改善はいまだに視界不良が続く。

   尖閣諸島の行政区域は、沖縄県石垣市となっている。実際に尖閣・魚釣島からの距離は、石垣島の方が中国大陸よりはるかに近い。J-CASTニュースは「最前線」にある石垣島を訪れ、尖閣国有化後にどんな変化が起きたのかをたどった。

沖縄と中国の漁業者は漁法が違う

石垣島は中国大陸と比べて、はるかに尖閣諸島に近い
石垣島は中国大陸と比べて、はるかに尖閣諸島に近い

   尖閣国有化間もない2012年9月17日、複数の国内メディアは「中国漁船団1000隻、尖閣海域に向けて出航」と報じた。テレビは中国沿岸部の浙江省で爆竹を鳴らしながら続々と集結する漁船の映像を流し、尖閣周辺の日本の領海内にまで大挙して押し寄せてくるのではないか、と危機感をあらわにした。

   だがその後、中国の漁船団が日本の領海に侵入、操業して騒動となったとは耳にしない。八重山漁協組合長の上原亀一さんはJ-CASTニュースの取材に、国有化の前後に中国漁船が違法操業して沖縄の漁業者を脅かした事実は一切ないと断言する。「誇張して報道するメディアに対して、私は不信感を持っています」と表情を曇らせた。

   2000年6月に発効した日中漁業協定により、尖閣諸島の北側にあたる北緯27度より北に「暫定措置水域」を設けて水産資源を共同管理すると同時に、日中それぞれの操業を認めあった。上原さんによるとこの水域はアジやサバの漁場で、操業する中国漁船は1万8000隻に上るのに対して、日本側は800隻。圧倒的に中国側が多いが、決して違法行為ではない。巻き網やトロール網での漁が行われるが、「沖縄にこのような漁を行う漁船はありません」(上原さん)。つまり中国漁船と、石垣を含む沖縄の漁業者とは漁の方法が違うのだ。

   一方、北緯27度より南の水域は日中間で「領海侵犯しない限り操業を認める」と確認している。大陸棚より南にあたる尖閣以南はマグロの好漁場で、沖縄の漁業者にとっては重要だ。一方で中国は「現状ではマグロはえ縄の漁法がないので漁船が来ない」(上原さん)。ここでも日中双方は「漁の違い」で大きな摩擦は避けられている。

   上原さんは、「中国に肩入れしているわけではないが、あたかも中国漁船のせいで沖縄漁船が被害を受けているような誤った報道は看過できません」と語気を強める。「1000隻報道」で流れた映像は、「北緯27度より北のどこかの水域の禁漁期が開けて漁船団が出航する様子」だと説明する。「あのとき尖閣周辺は、すでに解禁されていました。禁漁期開けで魚が豊富にいる漁場を避けて、わざわざ『荒らされている』尖閣付近に来るわけないでしょう」。

中国がマグロ漁本格化したら「死活問題」

石垣港には漁船を含む多くの船が停泊していた
石垣港には漁船を含む多くの船が停泊していた

   とはいえ、2010年8月には大量の中国漁船が尖閣沖に現れ、70隻ほどが領海侵犯したことがある。現状が安心できる状態なわけではなさそうだ。上原さんも、「日本政府には、領土問題は毅然とした態度で臨んでもらいたいというのが大前提」と口にする。たとえ中国が協定にのっとって合法的に操業しているにしろ、その規模の大きさが漁業者にとって脅威となる可能性があるためだ。

   まず北緯27度から北の水域。沖縄の漁業者は影響がないとはいえ、日本全体の漁業を考えると、既に中国が漁船の数で圧倒しているうえさらに規模を拡大されれば、国内の漁業は窮地に追い込まれるかもしれない。今以上に「譲歩」するのは、将来を見越した場合に得策とは言えないだろう。

   特に沖縄の漁業者がハラハラするのは、現在は大陸棚でとどまっている中国が「南下」してこないかどうかだ。もしも今後中国がマグロはえ縄漁業を本格化させたら、現行の協定では北緯27度より南の海域は「領海侵犯しない限り自由に操業」が認められているのだから、追い払うわけにいかない。しかもこの漁場は現在、台湾との間でトラブルが起きている。日台間では漁業協定が締結されておらず、台湾では近年マグロはえ縄漁が盛んになってきているため、沖縄の漁船との間で漁場を奪い合う格好となっている。このうえ中国漁船までやってくるようになれば、沖縄の漁業者にとっては死活問題となる。

日台で住み分けができれば・・・

   尖閣国有化に大きく反発したのは中国だが、2012年9月25日には台湾も漁業関係者が抗議船団を組んで尖閣付近まで押し寄せてきたことがあった。台湾側にとっても漁場を失うわけにはいかないからだ。石垣や沖縄と台湾の漁業交流の歴史は長いが、近年は限られた漁場をめぐっての対立が続いているのが現状だ。

   11月、上原さんは中山義隆・石垣市長を団長とする代表団のひとりとして台湾北東部の宜蘭県を訪れ、現地漁協の理事長らと面会、尖閣周辺の漁業権に関する意見交換会を開いた。政府レベルで協定の締結まで至るかは今後の推移によるが、上原さんとしては「日台で漁場の住み分けができれば、中国が入ってくるすき間がなくなる」と考える。台湾との協定が中国への「抑止力」になることを期待する。一方で日中漁業協定は、特に沖縄の漁業者にとって今後の影響が懸念される北緯27度以南の取り決めについての見直しを政府に求めたい、としている。