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PC遠隔操作事件で使われたソフト「Tor」 発信元を匿名化、海外では悪用例も

   パソコン(PC)を遠隔操作してインターネット上で犯罪予告を書き込み、4人が誤認逮捕される事態にまで及んだ事件。逮捕された男性会社員は、自身の接続事実を隠すために匿名化ソフト「トーア(Tor)」を複数回使っていたと報じられた。

   専門家が「発信元の追跡は諦めるしかない」と断言するTorは、情報源を守る目的で開発されたソフトだが、海外では不正に使われる例が報告されている。

相手先サイトには「にせIPアドレス」が表示

ネット上で誰でも手に入れられる「Tor」
ネット上で誰でも手に入れられる「Tor」

   Torはウェブサイト上で無料配布されているソフトで、誰でも入手できる。米海軍の研究機関による開発プロジェクトから始まり、その後民間で改良が加えられた。ネット上での監視により利用者のプライバシーが侵害されるのを防ぐのがソフトの目的だ。米連邦捜査局(FBI)や、告発サイト「ウィキリークス」でも導入されているという。

   通常はウェブサイトにアクセスすると、発信元のIPアドレス情報が相手先に記録され、いつ誰がアクセスしてきたかが特定できる。ところがTorは、発信元のIPアドレスが分からないように匿名化してしまう。

   仕組みはこうだ。発信者は、Torの利用者同士で構成されるネットワークを経由して相手先のサイトにアクセスする。ネットワーク上には3000台を超えるTor利用者のPCがつながっており、ここから3台が無作為に選ばれて「経由地」として使われたあとで目的地であるサイトにたどり着く。さらに通信経路は暗号化されるため、後から追跡できない。2013年2月12日放送の情報番組「モーニングバード!」(テレビ朝日系)では、専門家がTorによる接続を実演した。実際の発信元は日本だったが、ネットワークを経由して到達した相手先のサイトに残っていたIPアドレスは英国と、「にせ情報」が表示されていた。

   Torの公式サイトを見ると、このソフトは、例えばジャーナリストが情報源を秘匿したり、内部告発者や民主化運動に携わる活動家など身分を隠さないと危険な状態にさらされる恐れのある人を守ったり、一般家庭でもネット上での不正な監視やプライバシー侵害から子どもを遠ざけたりする際に効力を発揮するという。2月12日放送の「朝ズバッ!」(TBS系)に出演したネットセキュリティー会社「ネットエージェント」社長の杉浦隆幸氏は、発信元を特定しようとしても痕跡が残らないうえ、Torネットワークを探ろうとすれば諸外国の協力を得なければならず「まず不可能。諦めるしかない」と話した。

   本来の目的で使われるなら問題ない。だが今回の遠隔操作事件では、Torによって犯人の割り出しが難航することになってしまった。

違法薬物の取引サイトへのアクセスに悪用

   2012年12月17日付の米ウォールストリートジャーナル紙(WSJ)電子版は、Torの問題点を指摘する記事を掲載した。米国の児童保護団体の責任者は、Torが「児童ポルノ画像をやり取りする際に定期的に利用されている」と指摘。またTorネットワークに参加したオーストリア在住のユーザーが、児童ポルノ画像配信の疑いで取り調べを受け、PCを差し押さえられたという。本人は犯行を否定したが、この人物のPCが「経由地」として利用された可能性は残る。だがこうしたケースで、Torの運営側が対策を講じられるわけではない。

   英大衆紙「デイリーメール」電子版「メールオンライン」は2013年1月27日付の記事で、Torが「アラブの春」と呼ばれる中東民主化運動に貢献した半面、身元を隠せることから違法薬物の取引サイトへのアクセスに使われていると伝えた。実例は示されていないが、在英のTor利用者の一部は、武器やコカインの売買から偽装結婚まで取り扱っており、さらには「殺し屋」の契約まで結べるとの話まで出ているというから驚く。

   匿名化、暗号化の「功罪」についてTorの運営元は公式サイトで「確かに犯罪者が悪用する恐れはある」と認める。一方で「Torを排除することで、犯罪者の悪事をすべて止めるというのも難しい」。運営側では、Torを悪用してのストーカー行為や身元情報の不正入手といった行為には対抗できるとしている。