島倉千代子さんは「C型肝炎」だった 肝臓がんになることは覚悟していた

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   75歳で亡くなった歌手・島倉千代子さんの葬儀が2013年11月14日に東京・青山葬儀所で営まれ、詰めかけた関係者やファン3000人が最後の別れを惜しんだ。

   死因は肝臓がんだった。ところが、島倉さんは以前からこうなることを覚悟していたらしい。弔辞を読んだ政治コラムニストの田勢康弘さん(69)は葬儀の翌日、島倉さんがかねてから「C型肝炎」だったことをテレビ番組内で明かした。

「こうなるだろうことは早い段階で知っていた」

   日本音楽高校在学中に「この世の花」でデビューし、一躍人気歌手となった島倉さん。大ヒットした87年の「人生いろいろ」により日本レコード大賞優秀歌唱賞を受賞、99年には紫綬褒章を受けた。私生活では離婚や金銭トラブルによる借金、乳がんなど波乱万丈だったが、歌にすべてを捧げてきた。

   肝臓がんが見つかったのは2010年のことだ。発覚後、のどに影響がない冠状動脈手術を3度にわたって受けたが、今年に入り今度は肝硬変を併発した。それでも病気のことは限られた人たちにしか伝えず、13年6月には病を押して宮崎でのコンサートに。10月中旬に一度退院したものの、今月6日になって体調を崩し再入院していた。そして、その2日後、女性スタッフらに見守られながら息を引き取ったという。

   「沈黙の臓器」といわれ、自覚症状が出る頃には手遅れになるケースの多い肝臓だが、島倉さんは自身が肝臓を病むことを以前から予期していたようだ。「島倉千代子という人生」の著者で政治コラムニストの田勢さんは11月15日、「朝ズバッ!」(TBS系)に出演し、島倉さんの病気について次のように語った。

「7歳のときにけがをして、その時の輸血がもとだと思うんですけど、C型肝炎だったんです、ずっと。やがてこういうふうになるだろうなってことは早い段階で島倉さんも知っていました」

病気も隠し歌い続けた「すごく強い人」

   第二次世界大戦中、7歳だった島倉さんは疎開先の長野で左手首に大けがを負ったことがある。田勢さんの発言は、この際の輸血を指していると思われる。C型肝炎は、C型肝炎ウイルス(HCV)に感染することで起きる肝臓の病気で、放置していると慢性肝炎、肝硬変、肝がんに進展してしまう場合がある。1992年以前は高精度のHCV抗体検査が導入されていなかったため、輸血で感染する可能性が高かった。島倉さんのC型肝炎の話は一般的にも知られておらず、田勢さんも「ほとんど人には言っていないと思います」と話す。

   島倉さんはC型肝炎も肝臓がんも周囲に明かさず、歌い続けてきた。小さい頃から島倉さんのファンクラブに入り、歌手人生を見守ってきたという田勢さんは「すごく強い人。16歳でトップにのぼりつめた人だから、なかなか我々には理解できないようなところがある」「島倉さんにとって歌は命そのものだった」と語る。そして、最後には「おつかれさんでした」と天国の島倉さんにメッセージをおくった。

   葬儀では、来年のデビュー60周年に向けて制作されていた新曲「からたちの小径(こみち)」が流れた。シンガーソングライターの南こうせつさん(64)が約1年前に島倉さんからの依頼を受けて作曲したもので、亡くなる3日前に自宅でレコーディングしたという。まさに全身全霊で歌った一曲で、南さんは「奇跡の歌声でした」と振り返る。歌の直後には「人生の最後にすばらしい時間をありがとうございました」という肉声のメッセージが流れ、歌手の石川さゆりさん(55)ら多くの弔問客が目を潤ませた。

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