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「セウォル号事故」オーナーの財産没収可能か 「法の不遡及」破り特別法制定に動く韓国

   300人以上の死者・行方不明者を出した韓国の旅客船「セウォル号」の沈没事故で、巨額の賠償金を誰が負担するのか、注目が集まっている。船を運航していた会社が破産手続きに入ったとの報道が流れる一方、同社の実質オーナー一族の資産を差し押さえて賠償に充てる方針を、韓国当局は固めているようだ。

   だが、渦中のオーナーは雲隠れしたまま。一族の財産没収の根拠となる法律はこれから作られるとみられ、憲法で定められている「法の不遡及」の原則に反するとも考えられる。

朴大統領「国民の命に被害与えた企業の利益を没収し、補償に充てる」

   セウォル号の事故では、犠牲者の遺族に対する賠償金、船体を引き揚げる費用や被害者の捜索にかかった費用などを合算すると、おおよそ600億円に上るとみられる。通常であれば海難事故に対する保険が適用されるだろうが、このケースは一筋縄ではいかないようだ。

   運航会社の清海鎮(チョンヘジン)海運には過積載や船体の不正な改造をしていたとの指摘があり、利益優先で安全性を軽視していたとみられる。事故後真っ先に逃げ出した船長は逮捕、殺人罪で起訴された。こうしたことから会社側に重大な過失があったとして、保険の対象外となる可能性がある。そのうえ当の清海鎮海運は、銀行借り入れの一部を期日までに返済できず破産手続きに入ったと一部の韓国メディアが報じた。責任を負うべき会社が支払い能力なしとなれば、一体誰が賠償責任を負うのか。

   焦点は、清海鎮海運の実質的なオーナーとされる兪炳彦(ユ・ビョンオン)氏の動向だ。宗教団体も主宰する兪氏は、横領や背任、脱税の容疑で検察当局が出していた出頭命令を無視。5月20日には機動隊や検察が教団施設内に入って捜索したが、本人の所在は確認できなかった。

   兪氏一族は、数百億円単位の資産を持つ億万長者という。韓国当局は、海運会社の事実上の責任者である兪氏こそが賠償金を支払うべきという考えだ。これは朴槿恵大統領が自ら示している。5月19日の会見で「企業が利益優先で国民の命と財産に被害を与えたなら、その利益は没収して被害者のための補償に充てる」と明言したのだ。

   兪氏の一族には、清海鎮海運から多額のカネが流れているとみられ、同氏による横領、背任、脱税の金額は100億円以上とも言われる。ただ、韓国の有力紙「朝鮮日報」電子版の5月21日付記事によると、兪氏自身の名義の財産はない。仮に兪氏に賠償責任を負わせるとなれば、家族名義の資産も対象にしなければならないわけだ。

例外的に「遡及立法」を認めた「光州事件特別法」

   2014年5月22日放送の「モーニングバード!」(テレビ朝日系)は、韓国当局が今後、朴大統領の「宣言」に基づいて事故当事者の家族や第三者名義の隠し財産も没収できる法律をつくると報じた。兪氏一族の「巨万の富」を法に基づいて差し押さえようというのだ。朝鮮日報の記事によれば、一族の財産は2000億ウォン(約200億円)以上という。

   しかし道のりは険しそうだ。容疑事実の立証はこれからだが、難航が予想される。「モーニングバード!」では、横領や背任、脱税がセウォル号の事故に直接影響を及ぼしたかどうかの因果関係を明らかにしなければならない点を指摘した。海運会社から兪氏一族に多額の不正な資金が流れ、会社側の資金が細ったことで過積載など安全を軽視しても利益を追求する体質になったというシナリオが裏付けられるのか、現時点では不明だ。

   事後に制定した法律を、さかのぼって効力を発揮させるというのも大きなテーマだ。日本を含む主要国では、どのような行為が犯罪で、いかなる刑罰が与えられるかは、あらかじめ法律で定めておかなければならないという「罪刑法定主義」をとる。日本国憲法39条は「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」という、いわゆる「法の不遡及」を定めている。

   韓国も基本的に同じ立場をとるが、「間違ったことは過去にさかのぼって正そうという文化がある」と「モーニングバード!」では伝えていた。例外的に「法の不遡及」を認める場合があるというのだ。例えば1979年の粛軍クーデターと1980年の光州事件関係者を処罰する「光州事件特別法」が1995年に韓国国会で成立した。事件にかかわった全斗煥、盧泰愚両元大統領の処罰を可能としたもので、当時は遡及立法として反対する議員もいた。これにより全元大統領は死刑判決(後に特赦)を下されている。

   本来、憲法上の「法の不遡及」を曲げるのは法治国家としてあり得ないだろう。しかも、そこまでして兪氏一族に賠償責任を負わせることを優先させたとしても、多額に上る補償すべてを賄えるかどうかは微妙なのだ。朝鮮日報は5月21日付の記事で、相当部分を国民の税金で埋め合わせるしかないだろうと指摘している。