J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

過労死防止法は基本理念を示しただけ ブラック企業への規制などは盛り込まれず

   働き過ぎで命を落とす人をなくそうという「過労死等防止対策推進法」が2014年の通常国会で成立した。過労死対策の責任が国にあることを初めて法律に明記し、過労死を個人の問題でなく社会全体の問題と位置付けており、年内にも施行される見通しだが、これで日本の長時間労働に歯止めがかかるかは、疑問のようだ。

   「karoshi(過労死)」が英語辞書に登場して10年以上たち、2013年5月には国連社会権規約委員会が、日本政府に過労死の防止対策を取るよう勧告するなど、日本人の働き過ぎによる死は国際的にも問題視されてきた。

防止策を取ることを「国の責務」と明記

抜本的改革なしに「過労死問題」は解決しない(画像はイメージ)
抜本的改革なしに「過労死問題」は解決しない(画像はイメージ)

   国内でも過労死の遺族や支援する弁護士らが2010年から法律制定運動を本格化させ、2013年6月に超党派の議員連盟が発足。同12月に野党が先行して法案を提出し、その後、自民党案も提出され、与野党協議で修正案をまとめ、全会一致で成立に漕ぎ着けたのが今回の過労死防止法だ。

   具体的条文は、過労死や過労自殺について、「業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患や精神障害を原因とする死亡や自殺」などと定義した。過労死や過労自殺は遺族だけでなく社会にとっても大きな損失であるとして、防止策を取ることを「国の責務」と明記した。国が取るべき具体的な対策としては、①過労死の調査研究②国民への啓発③相談体制の整備④過労死防止に取り組む民間団体の活動支援――を列挙。取り組みの結果について、毎年国会に報告することを義務付けている。

「長時間労働が過労死の大きな要因」

   国民への啓発の一環として毎年11月を「過労死等防止啓発月間」とすることも盛り込んだ。こうした取り組みを網羅し、過労死対策の方向を示す「大綱」を定めることを国に求めており、今後、過労死の遺族、労使代表らで構成する「過労死等防止対策推進協議会」を厚生労働省に設置して議論することになっている。

   厚労省の調査では、過労で脳出血や心筋梗塞などを起こして死亡し、2013年度に労災認定された人は133人で、12年連続100人を超えている。発症前の残業時間の1カ月平均は「80~100時間未満」50人、「100~120時間未満」28人と多く、同省は「長時間労働が過労死の大きな要因」と分析している。また、職場でのストレスが原因でうつ病などの精神疾患を発症し、2013年度に労災認定された人は436人で、1983年の調査開始以降で2番目に多く、うち自殺や自殺未遂を図った人は63人に達している。

   こうした実態を改めるためにも、国の本格的な取り組みが求められるわけだが、防止法は基本理念を示したもので、ブラック企業を直接規制するなどの規定があるわけではない。調査・研究などに基づき労基法の改正など法制上の措置は必要に応じて講じることになっている。

30代の男性のうち、18.2%が週60時間以上働いている

   では何が一番の問題か。それは、なんといっても、過労死の温床である長時間労働への対処だ。総務省の労働力調査(2012年)では、30代の男性のうち、18.2%が週60時間以上働いているとの結果が出た。1日の時間外は4時間ということになる。厚労省は「過労死ライン」を定めていて、脳や心臓疾患の発症前1カ月間の残業が100時間、発症前2~6カ月間で月当たり80時間超を危険なラインとしている。総務省の調査結果は、この過労死ラインに達しかねない人が全体の2割近いという実態を示している。ここに切り込めるかが、過労死防止のカギを握っている。

   これは、「柔軟な働き方」(安倍晋三首相)という労働規制緩和の流れとぶつかる可能性がある。例えば、パソコンやスマートフォンの普及に伴い、時間や場所にかかわりなく仕事ができるようになったことで、フレックスタイムや在宅勤務がひろがるが、これでかえって四六時中、仕事に追われることにもなりかねない。さらに、一定の年収以上の社員限定とはいえ、労働時間ではなく成果で働きを評価するとして残業代を払わない「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入も決まった。

   現行の労働基準法では、労使が協定を結べば、週40時間労働を越えて、残業時間を延ばせる仕組みになっている。この見直しも視野に、時短に向けた具体策を「大綱」に書きこむことが、過労死防止法の最初の試金石になりそうだ。