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新日鉄住金が韓国ポスコと300億円で「和解」した事情 氷山の一角の産業スパイに新法は抑止力になりうるのか

   新日鉄住金は、韓国鉄鋼大手ポスコを相手に「製造技術を不正に得た」として東京地裁に起こした損害賠償請求訴訟で、2015年9月末にポスコから300億円の支払いを受けて和解した。高級鋼板の製造技術が流出した「産業スパイ」事件は、2012年から足掛け4年で、新日鉄住金の実質勝訴で終わった。新日鉄住金は和解について「所期の目的を一定程度満たすに足る条件を確保できた」としており、問題の電磁鋼板の製造販売に関するライセンス料をポスコが今後、新日鉄住金に支払うことなども合意事項に含まれるもようだ。

   一方、新日鉄住金は盗用に関わったとする元従業員への訴訟は継続する。今回の件は「氷山の一角」に過ぎないという見方が一般的で、日本企業が独自技術をどう守るか、引き続き大きな課題であることに変わりはない。

  • 新日鉄住金は、「産業スパイ」事件でポスコから300億円の支払いを受けて和解した(画像は新日鉄住金公式サイトの電磁鋼板を紹介するページ)
    新日鉄住金は、「産業スパイ」事件でポスコから300億円の支払いを受けて和解した(画像は新日鉄住金公式サイトの電磁鋼板を紹介するページ)
  • 新日鉄住金は、「産業スパイ」事件でポスコから300億円の支払いを受けて和解した(画像は新日鉄住金公式サイトの電磁鋼板を紹介するページ)

流出した技術は、さらに中国へも

   問題となった鋼板は「方向性電磁鋼板」といい、電気を各家庭に送るための変圧器に広く利用される特殊なもの。高機能の電磁鋼板は、新日鉄住金がシェア約3割を占めるトップメーカーだが、ポスコも2004年ごろから品質を向上させてきた。

   この鋼板のように製造技術が極めて特殊な場合、特許を取って技術内容を公開するより、徹底的に隠す方が実質的に技術を守れることから、新日鉄住金は社員でも簡単に近づけないといった厳重な管理をしてきた。このため、ポスコの急速な追い上げについて「不正に技術を入手しない限り、簡単に製造できるはずがない」と疑念を抱いてきた。

   そんな折、新日鉄住金(当時は新日鉄)に、突然の「追い風」が吹いた。ポスコの元社員が問題の鋼板の製造技術を中国の鉄鋼メーカーに流したとして韓国で逮捕・起訴され、2008年に有罪判決を受けたが、その裁判の過程で「中国側に流した技術は、元は新日鉄のもの」と供述し、これが今回、新日鉄住金側の有力な証拠になって実質勝訴に結びついた。

   新日鉄住金は、ポスコの2014年12月期の連結純利益の約半分にも相当する巨額の和解金を勝ち取った。また、今回の裁判は、日本企業の機密情報が海外に盗み出されるリスクが明白になったという意味でも、大きな転機になった。

今回の事件が契機で法律改正、罰則も強化

   具体的には、2015年7月に成立した産業スパイを防ぐ改正不正競争防止法がある。2016年早々にも施行される改正法は、秘密を盗んで利用した企業への罰金の上限を、従来の個人1000万円、法人3億円から、それぞれ3000万円、10億円に引き上げ、秘密の不正取得・使用で得た収益の没収も可能にしたほか、産業スパイ行為の未遂にも新たに刑事罰を科す。例えば、情報流出を狙ってコンピューターウイルス付きメールを送っただけでも罪に問えるようにした。さらに、これまでは訴える側に不正行為を立証する責任があったが、被告側にも「違法に取得した技術を使っていない」ことを立証する責任を負わせた。

   こうした厳罰化は、今回の裁判の高額な和解金ともども、新たな産業スパイ事件の発生を防ぐ上で、一定の抑止力になると期待される。

   ただ、それでも不正行為は容易に根絶できない。企業は高度な秘密にアクセスできる人を限定し、重要情報を簡単に社外に持ち出せないよう、厳重な管理システムを設けるのはもちろん、退職技術者との秘密保持契約といった対策をこれまで以上に強化する必要がある。