直木賞作家の野坂昭如さん死去 「火垂るの墓」

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   「火垂るの墓」などで知られる作家の野坂昭如さんが2015年12月9日、亡くなった。85歳だった。神奈川県鎌倉市出身。実父は後に新潟県副知事になるエリートだったが、生後間もなく養子に出された神戸市で空襲にあった。1967年に「火垂るの墓」「アメリカひじき」で直木賞受賞した。疎開中に妹を亡くした自身の戦争体験にこだわり、「焼跡闇市派」を自称、一方で歌手やタレントとしても活躍した。

   作詞家としては63年、「おもちゃのチャチャチャ」の第5回日本レコード大賞童謡賞。歌手としては69年にレコードデビュー。「黒の舟唄」、「マリリン モンロー ノーリターン」などのヒットを飛ばした。作家としては「エロ事師たち」などでも知られ、73年には、編集長を務めていた月刊誌「面白半分」に掲載した「四畳半襖の下張」(永井荷風著)について、刑法175条「猥褻文書の販売」違反に問われた。

   83年、第二院クラブの比例代表名簿1位で参議院議員に当選。その半年後には、田中角栄元首相がロッキード事件の1審公判において実刑判決を受けたことをきっかけとしておこなわれた衆議院議員総選挙で、田中元首相と同じ新潟3区から立候補して落選するなど、一時は政治的な活動にも力を入れた。

   「火垂るの墓」は後にジブリが映画化、戦争を知らない若い世代にも反響を呼んだ。

   晩年は脳梗塞のリハビリを続けながら執筆活動を行なっていた。マルチな才能で自由自在にラジオやテレビ、雑誌などの世界を駆け抜けて一世を風靡した快男児だった。

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