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働き方改革めぐる「深い溝」 大手紙の論調が割れるテーマ

   安倍晋三政権が今国会の最重要法案と位置づける「働き方改革関連法案」の審議の見通しが立っていない。2018年4月6日に閣議決定し、国会に提出したが、「森友・加計」問題で攻勢を強めている野党が、同法案についても、盛り込まれた「高度プロフェッショナル制度」(高プロ=年収が高い一部専門職の労働時間の規制撤廃)を「残業代ゼロ法案」と批判し徹底抗戦する構えだからだ。

   同様に法案に盛り込まれ、与野党とも基本的に支持する残業規制や「同一労働同一賃金」を含め、働き方改革は日本の経済社会の今後にとって重要問題で、大手紙各紙の論調も割れる難しいテーマだが、議論がなかなか深まらない。

  • 働き方改革を推進する安倍晋三内閣(写真は2017年9月撮影)
    働き方改革を推進する安倍晋三内閣(写真は2017年9月撮影)
  • 働き方改革を推進する安倍晋三内閣(写真は2017年9月撮影)

「高プロ」導入めぐり与野党が対立

   安倍首相は今国会を「働き方改革国会」と命名。その中核となる同法案は当初、2月下旬に閣議決定することを目指したが、法案に盛り込まれた裁量労働制の対象拡大をめぐり、根拠となる厚生労働省の労働時間のデータに異常値が見つかり、この部分は法案から除外することに追い込まれたのがケチの付け始めで、閣議決定は大幅にずれ込んだ。この間、森友・加計問題で疑惑が拡大し、働き方改革は主役の座を奪われた格好だ。

   法案は、労働基本法、労働契約法など8つの法律を一括で改正しようというもの。中身は2017年3月の「働き方改革実行計画」に基づいており、当初の政府方針は、(1)長時間労働の是正、(2)正規と非正規の待遇格差を減らす「同一労働同一賃金」、(3)「高プロ」導入、(4)裁量労働の対象拡大――が4本柱だったが、(4)が抜け、3本柱になった。(1)(2)の規制の強化と、(3)といった規制緩和が抱き合わせになっているのが特徴だ。

   (1)の上限規制は、労使協定(36協定)で定める残業時間を、繁忙期など特別な事情があっても「最長で1か月100時間未満、2~6か月の月平均で80時間以下」などとし、企業が違反すれば罰則を科すもの。人材確保や経営が厳しい中小企業への配慮を求める声が与党から出たことを踏まえ、適用時期を大企業は2019年4月、中小企業は20年4月とした。方向性として労使間、また与野党間に根本的違いはないものの、過労死ラインとされる月100時間まで働かせていいとお墨付きを与えるとして、野党は上限引き下げを求める。

   これに対し、労使・与野党が真っ向対立するのが(3)だ。「脱時間給」とも呼ばれ、年収1075万円以上の専門性の高い働き手が対象で、具体的には金融ディーラーやコンサルタント、研究職などが想定されている。もともとは2006年に第1次安倍政権が「ホワイトカラー・エグゼンプション」として導入を目指したもので、当時、導入を求めた経団連は年収要件を「400万円以上」としたように、いずれ引き下げられるとの懸念がある。

「今国会での成立は難しい」との声も

   政府は、高プロの適用には本人の同意が必要で、適用者には年104日以上の休日を与えることを義務づけるなどの健康確保措置を設けると説明するが、深夜・休日労働をした場合は割増賃金が必要になる裁量労働制と比べ、高プロは労働時間と賃金の関係が完全に切り放されるため、野党や過労死遺族らは、より長時間労働を助長する「スーパー裁量労働制だ」と批判する。

   国会審議の見通しは、森友・加計問題もあって見通せない。首相が最重要法案と位置づけたのだから、成立できなければ首相の政策遂行能力に疑問符がつきかねず、周辺から「首相は是が非でも通す考えだ」との声が聞こえる。しかし、衆院本会議での法案の趣旨説明と質疑には首相出席が必要なため、審議入りは早くても17~20日の訪米から帰国後になる。成立には6月20日までの会期の延長が避けられないとの見方が与党内に浮上しているが、そうなれば森友・加計問題などで野党の追及が続くことを覚悟しなければならず、それを乗り越えて成立に漕ぎ着けるのは、並大抵ではなく、与党では「今国会での成立は難しい」との声も聞こえる。

   労使、与野党の見解が分かれ、対立が先鋭化するだけに、大手6紙のうち産経を除く5紙は法案閣議決定から一夜明けた4月7日朝刊で、一斉に社説で取り上げた。残業規制、同一労働同一賃金については、各紙、基本的に必要というのが共通認識だが、高プロを巡って、論は大きく割れた。

   危機感が行間ににじむのが、経済界の意向を反映して法案推進の立場の日経だ。「今国会で成立させよ」との見出しを掲げ、「今国会の審議日程は窮屈だが、確実な成立が求められる」と、きっぱり主張。法案の3本柱を「いずれも、日本の雇用と賃金をめぐる制度の節目の改革となる」と位置付ける。その主張のもとになるのは、「経済のソフト化・サービス化が進み、成果が労働時間に比例しない仕事は急増している。成果重視を前面に出した高度プロフェッショナル制度は時代の要請である。対象者を一部の専門職に限っているが、今後広げるべきだ」という現状認識だ。そして、反対する野党、労働側に対して「生産性の向上を促す新制度を企業が使えなければ、日本の国際競争力が落ちる恐れがある。それでは従業員も不幸になる」とけん制している。

「効率的な働き方を促す」VS「これでは過労死防げぬ」

   同様に、基本的に法案推進の立場の読売が、「国民の不信感払拭に努めよ」と、珍しく慎重な対応を求めるのは、裁量労働撤回に追い込まれた経緯に配慮したもの。「働き方改革の実現には労働行政への信頼が不可欠だ。政府は、国民の不信や懸念に真摯に向き合い、丁寧な説明で払拭に努めねばならない」と、政府の対応への不満を示す。

   特に懸念するのが、厚労省東京労働局が2017年末に裁量労働制を不当適用していた野村不動産への特別指導を公表したこと。その後、不当適用された社員が過労自殺で労災認定されたことが判明し、野党が、政府が過労自殺を伏せて、裁量労働制拡大に都合のいいことだけ公表し、悪い事実を意図的に隠したのでは、と追及している問題だ。読売は「働き方改革を担う厚労省が、これ以上、法案成立の足を引っ張ることがあってはならない」と苦言を呈しつつ、高プロについては「仕事の多様化に対応し、効率的な働き方を促す狙いは、時宜にかなっている」と、必要性を訴えている。

   これに対して、朝日「労働者保護に焦点絞れ」、毎日「残業時間の規制が原点だ」、東京「これでは過労死防げぬ」は、そろって、高プロに「長時間労働を助長しかねないと、多くの懸念や不安の声がある制度だ」(朝日)などと疑問を呈し、「残業時間の上限規制など働く人を守る規制強化と、官邸主導で進めてきた規制緩和を同時に進めることは矛盾する」(東京)などと、一様に、『セット販売』を批判。

   また、野村不動産をめぐる「情報隠し疑惑」にも3紙はそろって言及し、毎日は「現実には残業代を抑えるため、裁量労働を適用できない人に適用して長時間労働をさせることが横行している。......現実に起きている弊害を認めず、メリットばかり強調するから矛盾が露呈する。これでは政府案に不信が深まるばかりだ」と、政府の対応への不信を強調。

   朝日は「高プロを関連法案から切り離せば、与野党が歩み寄り、話し合う余地は生まれるはずである」、東京は「高プロは法案に盛り込まれた。野党から『スーパー裁量労働制』だと批判もでている。法案は国会論議を通し再考すべきだ」、毎日も「野党側は関連法案にある高プロも(野村の過労死と)同様の事態が起きることが懸念されるとして反対しており、国会審議の紛糾は避けられないだろう。まずは、弊害に対して徹底した是正策を講じるのが筋ではないか」と書き、表現の強弱はあるが、基本的に法案からの高プロ切り離しを求める姿勢だ。