2024年 4月 19日 (金)

年をとるのが楽しくなる100歳の謎 脳と心に起こるドラマチックな変化

【NHKスペシャル】2016年10月29日放送
「あなたもなれる健康長寿 徹底解明100歳の世界」

   毎日自転車で10キロ走る103歳男性、プールで泳ぐ102歳女性、老眼鏡なしで理髪の仕事をこなす103歳男性......。100歳を超えても元気な医師の日野原重明さん(105歳)は、「誰でもセンテナリアン(世紀をまたがり生きる人=100歳長寿者)になれます」と断言した。

   番組では世界中を取材し、食事の内容、運動の習慣、そして心の持ちようの3つの面から100歳長寿者たちの秘密に迫った。

  • 体を動かすことも長寿の秘訣
    体を動かすことも長寿の秘訣
  • 体を動かすことも長寿の秘訣

きんさん・ぎんさんの老化スピードは10分の1?

   番組の冒頭、センテナリアンの研究の草分けである慶応義塾大学百寿総合研究センターの広瀬信義教授は、千葉県東庄町の和菓子屋「あづき庵」を訪ねた。店では101歳の田谷きみさんが、毎日10時間、客の相手をして働いている。キビキビとした動き、若々しい笑顔は、100歳以上にはとても見えない。広瀬教授が、田谷さんにこう問いかけた。

広瀬教授「富士の山(ふ・じ・の・や・ま)を反対から言ってください」
田谷さん「(間髪をいれず)ま・や・の・じ・ふ、です」
広瀬教授「おっ、すごい。普通の人はなかなかできないですよ」

   言葉をすぐに逆に発音できるかどうかは、認知症のチェックによく使われる。田谷さんは、頭脳も非常に明晰なのだ。その秘密は、「慢性炎症」の度合いが普通の人より10分の1も低いことにあった。「慢性炎症」とはいったい何か。番組ゲストの鍋島陽一・京都大学名誉教授が説明する。

鍋島教授「体は絶えず炎症を起こしていますが、炎症には、急性炎症と慢性炎症の2つがあります。急性炎症は、病気や傷を受けた時に腫れるなど、病原菌から体を守るために一時的に起こる炎症で、一定期間を過ぎると治ります。慢性炎症は、誰でも加齢とともにゆっくり進む炎症で、老化の元になります。細胞が老化をすると、炎症性サイトカインという物質が放出され、細胞の老化が広がります。死んだ細胞が老廃物となって体内にたまり、血管や内臓を衰えさせていくのです」

   慢性炎症の進み具合を表わす指標が「CRP」という数値だ。数値が大きいほど炎症レベルが高く長生きできない。「1.00」以上が危険で、「0.30~0.99」が正常範囲だ。田谷さんの「CRP」を測ると、なんと「0.03」と通常人の10分の1。「CRP」は、長寿の双子姉妹として人気を集めた、成田きんさん・蟹江ぎんさんの研究から始まった。番組では、108歳で亡くなったぎんさんの内臓の写真が番組で公開されたが、動脈が弾力性に富み、内臓の肉もキレイな状態を保っていた。ぎんさんの「CRP」も非常に低かったと推測されている。

日本人には地中海料理より和食がいい理由

MCの三宅民夫アナ「自分のCRPを知るにはどうしたらよいのですか?」
鍋島教授「人間ドックの検査項目にありますから、頼むと分かります」

   「CRP」の数値が高い・低いは生まれつきによるものだろうか。番組スタッフはデンマークに飛んだ。南デンマーク大学のカール・クリスチャン教授は、約10万組の一卵性双子の一生を追跡調査した。寿命と遺伝に関係があるかを調べるためだ。その結果、同じ遺伝子を持つ双子でも寿命に違いがあり、寿命を決める要因は、遺伝が25%、環境が75%であることを突きとめた。

クリスチャン教授「誰でも努力をすれば、健康長寿になれるのです。非常に勇気づけられる結果でした」

   では、長生きを決める環境要因とは何か。世界には、長寿者がずば抜けて多い「センテナリアンのホットスポット」がある。イタリアのアッチャローリ地方もその1つ。人口約2000人の村で、約300人(約15%)も100歳以上がいる。オリーブオイルとナッツ、魚介類を中心にした「地中海料理」の発祥地で、過去数十年間、ここで地中海料理と健康の調査が進んできた。

   地中海料理は体の炎症レベルを下げ、健康によいとされ、日本でもオリーブオイル・ブームを引き起こしている。しかし、最近、すべての人の体によいわけでもないことがわかった。ボローニャ大学のクラウディオ・フランチェスキー名誉教授が注目したのは各国の「食文化」の違いだ。

フランチェスキー名誉教授「私は、地中海料理をイタリア、英国など5か国の人々に1年間食べてもらう研究を行ないました。ところが、各国によって血糖値や血圧などの健康指標の数値の上昇にばらつきがあり、英国人ではむしろ健康状態が悪くなる結果が出たのです。人種やライフスタイルなど様々な要因で、食べ物の健康に与える影響が違ってくるのです」

   人種や遺伝子、住んでいる地域の違いによって腸内細菌の種類が異なるからだとわかった。地中海料理は地中海の沿岸に住む人々には効果が得られるが、日本人にとってベストの効果があるのは、やはり和食だと強調するのが、番組ゲストの東北大学大学院の都築毅教授だ。

都築毅教授「和食でよく食べる魚の脂肪にはDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)が多く、ほかの油に比べ、40%以上炎症を抑える効果があります。ヒジキの煮物の具材の大豆、ニンジン、海藻や、味噌汁の味噌にも抗炎症物質がたくさん含まれています」

   健康には、その地域で採れるものを食べる「地産地消」とよいと言われるが、それは腸内細菌が地域ごとに違うからだ。

毎日運動すると毛細血管が鍛えられる

   さて、100歳長寿者たちはどんな運動をしているのだろうか。番組スタッフは、ホットスポットの1つ、イタリア・サルデーニャ島に飛んだ。この島の人々は90歳を超えても農作業を日課とする人が非常に多い。しかも、島は山だらけで起伏に富んでおり、急こう配の斜面を1日に何往復もする。島の人々は1日あたり8キロも山道を歩く。この負荷が非常に強い運動が健康長寿につながっている。ローマ大学のディ・ソンマ教授は、島の人々の毛細血管の中で起こっている「微小循環」に長寿の秘訣があると語った。微小循環とは、毛細血管の中の目に見えないレベルの細かい血流のこと。

ソンマ教授「毛細血管の中の細かな血流が細胞に栄養と酸素を送ります。日々の運動で細かな血流がよくなると、細胞内や血管にたまった老廃物を取り除き、あらゆる臓器の機能を高めてくれるのです」
MCの三宅アナ「年をとっても毎日体を動かすことが大事ですね」
日野原さん「そうです。私も毎日階段を上がったり、ストレッチをしたりしていますよ」

自己満足よりボランティアが「長生き遺伝子」に働く

   ここで、驚きの研究が紹介された。

MCの桑田真帆アナ「運動だけはなく、心の持ちようが遺伝子のレベルで長生きに影響を与えているのです」

   カリフォルニア大学のスティーブン・コール教授は、「満足感」と長生きの研究を続けている。コール教授は、老化の元である「慢性炎症」を調べているうちに、ある遺伝子が慢性炎症を促進していることを発見した。それは「CTRA遺伝子群」だ。CTRA遺伝子群はストレスを受けると活発化し、満足感を得ると鎮静化する。そこで、人々の「満足感」の度合いと「CTRA遺伝子群」の活発度の関連を調べると、面白いことがわかった。

コール教授「満足感や達成感が高い人は、CTRA遺伝子群の活動が低くなります。つまり、体内の炎症が減り長生きにつながるのです。しかし、満足感の内容によっては逆効果になり、CTRA遺伝子群を活発にしてしまいます」

   コール教授によると、「食欲や性欲を満たす」「買い物をする」といった自分だけの「快楽的満足感」はCTRA遺伝子群を活発にする。しかし、「ボランティア活動をする」「家族や友人を大切にする」「アート作品を発表する」といった「生きがい型(社会貢献型)満足感」はCTRA遺伝子群を弱め、長寿につながるという。

コール教授「人間は何万年もかけて、仲間同士が助け合う社会的な動物に進化してきました。人間の脳は、仲間とつながり、お互いが助け合った時に炎症反応が収まるようプログラミングされていると考えられます」

80歳を超えると、脳が嫌ことを忘れさせてくれる

   様々な研究で「生きがいを感じている人は長生きをする」というデータが出るのは、脳が喜びを感じ炎症反応を抑えるからだった。また、年をとると、脳そのものがポジティブに人生を受け止めることもわかってきた。世界最高齢の116歳のイタリア人女性、エンマ・モラーノさんは、番組取材班の「今のお気持ちは?」との問いにこう答えた。

モラーノさん「今が一番しあわせよ」

   モラーノさんは14年間寝たきりの生活を続けている。それでも「しあわせ」というのは認知症のせいではない。頭は比較的しっかりしている。彼女の高齢者特有の「明るさ」に達した心境を、最近の加齢医学では「老年的超越」と呼ぶ。大阪大学の権藤泰之准教授はこう説明する。

権藤准教授「多くの高齢者をインタビューした私の研究では、80歳くらいから、ネガティブなことを感じない脳になり、ポジティブな生きがいの感情が上昇してきます。高齢になると、記憶力は衰えますが、感情をつかさどる前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)は衰えないのです」

   80歳を超えると、人生を肯定的にとらえる感情が強くなるという。米国の研究者がこんな実験をした。若者と高齢者に「楽しい写真」と「不愉快な写真」の2種を見せた。「楽しい写真」は可愛いウサギ、孫を抱いたお爺さんなど。「不愉快な写真」は墓場、ゴキブリが乗ったピザなど。若者は両方の写真を同じように記憶していたが、高齢者は「不愉快な写真」は忘れてしまい、「楽しい写真」の方をよく覚えていた。

権藤准教授「脳が、つらいことが起こるとどうなるか知っていますから、あえてネガティブな物事を遮断し、ポジティブなことに注意を向けるように働くのです。だから、高齢者の1人暮らしはさびしそうに見えますが、決して本人はさびしくはないのです」

   最後に日野原さんは、哲学者のマルティン・ウーバーの言葉を引用しこう語った。

日野原さん「新しいことを始めることを忘れない限り、人はいつまでも若く生きることができますよ」
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