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証券業界

04/11/ 1
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現状


株価上昇で、収益が急激に回復する

東京証券取引所の現在の建物
東京証券取引所の現在の建物
 

   バブル崩壊以降、日本の証券会社は業績不振に直面してきた。特に個人の株式市場離れが進み、株式の出来高が大幅に落ち込んで、証券会社の収益源である株式売買委託手数料が急減し、株式の委託売買に大きく依存する中小証券だけでなく、大手証券も急激に業績が悪化した。また、企業の資金需要が低迷し、社債などの新規発行も減って、引受業務も低迷した。会社自身が株式の売買を行う「自己売買」などでやっと利益を計上する状況が続いたが、この数年の株式市況の回復で業績も急速に回復に向かっている。

   2003年度の業績を見ると、野村ホールディングスの経常利益が前期比で約6倍も増えるなど、各社とも急速に業績を回復している。10年以上に及ぶ業界の統合・合理化も、ようやくその成果を発揮するようになってきている。

会社の数は増えたが従業者は激減

   証券会社の数は、90年の272社をピークに減少傾向が続いてきたが、93年以降は増加傾向を示し、97年には291社となっている。現在では280社台で推移している。90年代に一貫して深刻な証券不況が続いてきた割には、証券会社の数が減らず、むしろ80年代後半のバブルの頃に比べると数は増えている。これは金融ビッグバンによって、新規参入が容易になり、外資や異業種からの新規参入が増えたことによるものだ。
   このように証券会社の数は増えたが、営業所と従業者(役員と職員の合計数字)は、大きく減少している。
   営業所の数は91年の3296をピークに減少し続け、2002年末には1604となっている。従業者の数も90年の16万1695人をピークに減少を続け、2002年末には9万1266人となっている。証券会社の数は増えているのに営業所や従業者の数が激減しているのは、投資家の株式離れに加えて株式委託手数料の値下げ競争が激化し、証券会社の収益が悪化して、多くの営業所や従業者を維持することができなくなったためだ。また最近では、個人投資家の取引の約8割近くをネット取引が占めるといわれており、こうしたネット取引の普及が、営業所や営業マンの数の減少に拍車をかけている。

中堅証券を襲った再編の嵐

   大手証券ほどに収益が多様化しておらず、中小企業のように身軽に変身ができない準大手証券、中堅証券は自力で生き残るのが難しく、再編の道を選ぶしかなかった。

日経平均株価(東証225種)

   証券会社は大別して、大手証券系、大手銀行系、独立系に分けられる。もっぱら業界再編の中心となったのは、大手銀行系の証券会社だった。
   90年代の不良債権の処理の過程で、大手銀行そのものが再編によって4つのグループに集約されたのをきっかけに、大手銀行ごとに傘下に連なっていた系列の証券会社もまた再編の対象となったのである。
   銀行系の証券会社は、めまぐるしい合併を繰り返したので、かなり日本の証券業界に精通した人間でも、現在の社名と昔の社名を結びつけるのは骨の折れる作業となっている。
   まず2000年4月に新日本証券と和光証券が合併して新光証券(みずほ銀行系)が誕生した。2002年6月には、つばさ証券(ユニバーサル証券、第一証券、太平洋証券、東和証券の4社が2000年4月に合併してできた証券会社)とUFJ キャピタルマーケッツ証券(三和証券と東海インターナショナル証券が2001年7月に合併してできた証券会社)が合併してUFJ つばさ証券(UFJ銀行系)が誕生した。
   2002年9月には、国際証券、東京三菱証券、東京三菱パーソナル証券、一成証券の4社が合併して三菱証券(東京三菱銀行系)となり、2003年4月には、さくらフレンド証券(山種証券と神栄石野証券が2000年4月に合併してできた証券会社)と明光ナショナル証券(明光証券とナショナル証券が1999年4月に合併してできた証券会社)が合併し、SMBCフレンド証券(三井住友銀行系)が誕生している。
   旧・日本勧業角丸証券は1990年10月に勧角証券に社名変更した後、2000年10月には、親銀行の合併にあわせてさらに社名を変更し、みずほインベスターズ証券となっている。バブル期と同じ社名で存続している準大手証券会社は、岡三証券くらいである。

持ち株会社へ移行した大手証券

   大手証券も組織改革によって持ち株会社を作り、その下に従来のリーテイル部門(個人向け営業)、ホールセール部門(法人向け営業)などを分社化して、1つのグループを形成しているために、かえって実態が分かりにくくなっている。
   たとえば野村グループでは、持ち株会社である野村ホールディングスの下に、野村證券(個人向けと法人向け)、野村年金サポート&サービス株式会社、野村アセットマネジメントなどの子会社がぶら下がる形でグループを形成している。また野村総合研究所は野村証券グループの関連会社だが、別途のグループを形成している。
   大和グループでも、持ち株会社の大和証券グループ本社の下に、大和証券(個人向け)、大和証券SMBC(法人向け)、大和証券投資信託委託、大和総研、大和住銀投信投資顧問などの子会社がぶら下がり、グループを形成している。
   日興グループでも、持ち株会社の日興コーディアルグループの下に、日興コーディアル証券(個人向けと法人向け)、日興ビーンズ証券(個人向け)、日興シティグループ証券(法人向け)、日興アセットマネジメントなどの子会社がぶら下がり、グループを形成している。
   大手証券といえば、かつては野村證券、日興証券、大和証券などのことを指していたが、今では、野村ホールディングス、大和証券グループ本社、日興コーディアルグループなど大手証券の持ち株会社のことを呼ぶようになっている。

銀行が野村を包囲する構図

   すでに証券業界は、ほとんどがみずほ、東京三菱、三井住友といった四大メガバンクに実質的な経営権を握られている。そしてこの銀行系の証券会社が、銀行とは一線を画した独立系の野村グループを包囲する構図ができあがっている。
   銀行は約10年前に証券子会社を相次いで設立し、債券の売買業務や引き受け業務に進出した。だが販売網の拡大に予想外に苦戦した結果、親密な準大手以下の証券各社を子会社化していった。それでも個人の資金の取り込みは、銀行系証券を含めて思うように進んでいないのが現状だ。

国内上場会社数の推移

   一方、大法人向けに特化した外国系証券会社の台頭などもあって、法人向け事業の受注獲得競争は激化の一途をたどっている。受注の単価が低下するなどの影響で、大法人部門は従来のように収益を上げにくくなっている。  その中で、企業再生をスローガンに各社が力を注いでいるのが、中堅規模以下の法人を対象としたインベストメントバンク(投資銀行)業務だ。経営不振の法人やベンチャー企業への支援や不動産再開発のスキームを提案・実行して手数料を稼いだり、専門のファンドを通じて資本を投入し、そして支援先企業の価値を高めた後に他へ売却する方法などをとっている。
   米投資銀行の大手、ゴールドマン・サックスと三井住友フィナンシャルグループ、米証券大手のメリルリンチとUFJホールディングスが、それぞれ資本参加を含めた提携を行ったのは、日本側が投資銀行業務のノウハウを現場に導入したいという狙いもある。
   一方、この投資銀行業務分野では、覇権を狙う野村は独立系としての強みを活かし、地方銀行への投資信託などの商品提供や公募増資引き受けなどで結びつきを強めようとしている。


歴史


銀行に比べ地位が低い証券市場

東京証券取引所の旧建物(1931年から1982年まで使用)
東京証券取引所の旧建物(1931年から1982年まで使用)

   日本の証券業界は長い間、金融界の中で奇妙な立場に置かれてきた。日本の戦後の経済復興は銀行を経由した「間接金融」を柱に行なわれてきた。政府は低金利政策によって預金金利を低く抑え、集められた低利資金は銀行を通じて産業に貸し出された。こうした政府の金利規制という政策は、価格メカニズムに価格決定を委ねる市場経済には馴染まない。株式市場や債券市場は、基本的に需給と投資家の思惑によって価格が決定される。本来なら市場機能を活用することが、経済効率が一番よく、資源配分にとっても好ましいといえるが、戦後の日本の資金不足の状況を考えると、限られた資金を産業に集中的に、しかも低いコストで提供するという、一種の資金割り当て政策は、株式市場や資本市場を通す「直接金融」よりも有効であったといえる。
   企業は長期の設備投資資金などを調達するために増資をしたり、社債を発行したりするのが通常の形である。だが、日本の金融システムでは、長期資金の提供は銀行、特に長期信用銀行や信託銀行を通して行なわれた。あるいは、商業銀行が短期の貸し出しをロール・オーバー(決済繰り延べ)して実質的に長期資金の供給を行なってきた。そうしたシステムのもとでは、株式市場や債券市場は、周辺部分に位置する、つまり補完的な金融市場でしかなかった。そのことは、戦後の日本の証券会社の特徴を決定することになった。

個人資産に占める株式の比率は低い

   長い間、日本では、資産運用のための最大の資産は銀行預金であり、株式や投資信託ではなかった。個人の株式保有は極めて低水準に留まっていた。何度かあった株式ブームの時に、一時的に個人の株式保有額が増えることはあったが、決して資産運用の主流になることはなかった。証券会社は“株式の大衆化”運動を行い、個人投資家を増やす努力を行なったが、なかなか成果が上がらなかった。株式投資は投機であるという根強い意識が、個人投資家のなかにあった。
   また、株式市場の寡占化による弊害が、個人投資家を株式投資から遠ざけている面もあった。戦後の証券業界では、4社寡占体制が成立していた。4社とは、野村證券、大和證券、日興證券、山一證券であり、株式市場での取り扱いだけでなく、株式や社債の引受業務でも、4社はほぼ市場を独占していた。また、株価形成に対する4社の影響力は強く、時には株価操作的な動きもあるなど、株式市場の民主化は大きく遅れていた。投資信託も証券会社によって実質的にコントロールされるなど、個人投資家にとって株式投資は必ずしも優良な投資商品とはいえなかった。

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