2024年 4月 25日 (木)

霞ヶ関官僚が読む本
猪瀬前都知事、初期著作でみせた切れ味

人気店や企業から非公開の招待状をもらおう!レポハピ会員登録

「昭和16年夏の敗戦」(猪瀬直樹著、中公文庫)

   前都知事である作家猪瀬直樹氏の初期の著作である。

   前都知事が退任を余儀なくされる過程で、しばしば、作家時代の問題指摘の鋭さと政治家としての弁明の歯切れの悪さを対比する見解を見かけた。僻目を自認する筆者は、前段部分は、同業者間の仁義みたいなものだろうと受け止めていたのだが、尊敬する某先輩が「猪瀬氏の特に初期の著作は実に鋭いよ。やや酷というか若干無理筋な追及だなと感じるところもあるけれども、それも生硬というぐらいの印象で、傲慢とか狷介という感じではないね」とおっしゃるので、本書一読に及んだ次第である。

机上演習の結論は日米開戦回避すべき

昭和16年夏の敗戦
       昭和16年夏の敗戦

   本書のテーマは、昭和16年(1941年)夏に内閣総力戦研究所で行われた模擬内閣方式の机上演習である。同研究所は、「総力戦に関する基本的研究を行ふと共に…実施の衝に当たるべき官吏その他の者の教育訓練を行ふべき機関」として、同年4月に文官、軍人、民間出身の30代の俊英を研究生として設立された。

   その研究と教育訓練の手法が、模擬内閣を設定しての国策遂行と総力戦の机上演習である。7月には、産業組合中金(現在の農林中金)出身の窪田角一36歳を首班とし、各研究生を閣僚、次官などに充てた模擬内閣(「青国政府」)が組織され、英米の石油禁輸などの経済封鎖に対してインドネシアに武力を発動して石油を取りに行くという前提での演習が行われた。インドネシアを占領すれば米国が黙っているはずがないが、米国に勝てる見通しはない。青国政府は、現実の日本政府と同じく対米開戦に逡巡するが、教官側からは開戦を前提に演習を続けるよう指示される。研究生たちが船舶消費量はじめ各種データを分析して到達した結論は、緒戦の勝利は見込まれるが物量において劣勢な日本の勝機はなく、長期戦になり、終局ソ連参戦を迎えて日本は敗れるので、日米開戦は何としても回避すべきというものであった。

   昭和16年8月27,28日の2日間、研究所は第3次近衛内閣の閣僚を前に、演習の報告会を実施した。研究生たちはこの発表の場で日本必敗を明示的に述べることはできなかったが、曖昧な表現の中に上記の認識は籠められていた。最も熱心に発表を聴いていた東条陸軍大臣は、「…これはあくまで机上の演習でありまして、…戦というものは、計画通りにはいかない。…(この演習の結果は)意外裡の要素というものを考慮したものではないのであります」と発言し、演習について口外しないよう求めた。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

姉妹サイト

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中
カス丸

ジェイキャストのマスコットキャラクター

情報を活かす・問題を解き明かす・読者を動かすの3つの「かす」が由来。企業のPRやニュースの取材・編集を行っている。出張取材依頼、大歓迎!