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500年前の「クール・ビューティー」に会える 日本初のクラーナハ展、東京・上野で開催中

   クール・ビューティー。冷たい感じがする美人顔のことだ。近年の造語だが、昔からそんな女性がいたのではないか。そう思わせる展覧会が東京・上野の国立西洋美術館で2017年1月15日まで開催中だ。

   「クラーナハ展―500年後の誘惑」。中世ドイツの画家、ルカス・クラーナハ(1472-1553)についての日本では初めての大回顧展だ。主役は、500年前の「クール・ビューティー」たち。謎めいた視線で男を誘惑する。

  • 「ホロフェルネスの首を持つユディト」が描かれた「クラーナハ展」のポスター。東京・上野の国立西洋美術館前
    「ホロフェルネスの首を持つユディト」が描かれた「クラーナハ展」のポスター。東京・上野の国立西洋美術館前
  • 「ホロフェルネスの首を持つユディト」が描かれた「クラーナハ展」のポスター。東京・上野の国立西洋美術館前

「美人だが、怖い女」

   ポスターに登場するのは代表作「ホロフェルネスの首を持つユディト」。着飾った若い女性が静かに何かを見つめている。無表情なまなざし。右手に剣を持っている。

   ポスターでは、実際の作品の一部がカットされているが、実は彼女は「生首」を抱えている。血が滴る男の頭部。眼を剥き、断末魔の苦悶に顔が歪む。

   旧約聖書外伝の中の「ユディト記」を題材にした作品だ。女性は寡婦ユディト。敵の司令官を誘惑し、謀りにかけて惨殺した。

   ほかにも、踊りによって王を悦ばせ、褒美に聖ヨハネの斬首を求めたサロメ。王女オンファレの美貌に骨抜きにされ、羊毛を紡ぐはめになった豪傑ヘラクレス。娘たちに酔わされ、近親相姦をおかしてしまったロト......。作品には男を誘惑し、手玉に取る、「美形だが、怖い女」が次々と登場する。題材は聖書や神話などで知られた物語だが、彼の手にかかると、女性の妖しい魅力が一段と凄味を増す。

マルチン・ルターの肖像画も

   クラーナハは現在のドイツ東部ヴィッテンベルクを拠点に活躍した。デューラーなどとともに、ドイツ・ルネサンスの画家として知られる。

   やはりヴィッテンベルクで、大学教授をしていたマルチン・ルターと親交を結び、彼の肖像画も描いた。世界史の教科書には必ず出てくる作品だ。

   ルターは、今からちょうど500年前の1517年、ヴィッテンベルクで、ローマ教会への抗議行動を始めた。これが宗教改革の始まりとされている。有名なルターの『新約聖書』の挿絵も、クラーナハ作だ。

   堕落した聖職者、教えの形骸化。ヨーロッパ各地で当時の教会権力に対する反旗と改革の嵐が拡大し、流血の抗争が続いた。クラーナハが繰り返し描いた「ダメ男と、冷徹で毅然とした女」という主題は、「旧教と新教」の暗喩とも読み取れる。

アニメ的手法の先駆者

   クラーナハは「速描き」の画家として知られた。実際に描くスピートも速かったが、加えて二つの理由があった。一つは「パターン化」、もう一つは「工房制作」だ。

   人物の表情や構図をいくつかに類型化して基本パターンを作り、それをもとに工房で弟子たちが作業する。さらに版画も多用し、制作や流通をスピードアップした。現在のような技術がない時代に、独自に大量生産や複製のノウハウを編み出していた。いわば絵画制作の世界での「改革者」でもあった。そうした彼の技術力は、ルターの新約聖書の拡散にも、一定の役割を果たしたかもしれない。

   「パターン化」や「工房制作」などの手法は、今やアニメなどの現場で一般化されている。その意味ではクラーナハの現代への影響は「クール・ビューティー」だけにとどまらない。

   今回の展覧会では、ピカソ、デュシャン、森村泰昌ら、20世紀や21世紀のアーティストがクラーナハに触発されて制作した作品も同時公開されている。中世の画家の回顧展としてはきわめて珍しい。それだけクラーナハの世界が豊かで、先駆性、先見性があったということだろう。

   同展は東京の後、大阪に会場を移し、1月28日から 4月16日まで国立国際美術館で開催される。