2024年 3月 29日 (金)

ユーモアやウィットに富む国際政治学の巨人 その警句を今こそ聞きたい

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■「高坂正堯―戦後日本と現実主義」(服部龍二著、中公新書)

   評伝に定評のある中公新書に、新たな1冊がこのたび加わった。「日中国交正常化」(中公新書、2011年)や「佐藤栄作」(朝日選書 2017年)などで実績を高く評価されている政治外交史家・服部龍二氏により、この10月に刊行された「高坂正堯―戦後日本と現実主義」である。

   本書の表紙裏書に、この本の意義について、以下のように簡潔に記されている。

「日本における国際政治学の最大の巨人・高坂正堯(1934~96)。中立志向の理想主義が世を覆う60年代初頭、28歳で論壇デビューした高坂は、日米安保体制を容認、勢力均衡という現実主義から日本のあり方を説く。その後の国際政治の動向は彼の主張を裏付け、確固たる地位を築いた。本書は、高坂の主著、歴代首相のブレーンとしての活動を中心に生涯を辿り、戦後日本の知的潮流、政治とアカデミズムとの関係を明らかにする」

「日本の衰退に対する憂慮は予言的ですらある」

   高坂の著作については、このコラムでも、過去に、「海洋国家日本の構想」(2012年11月)、「高坂正堯外交評論集」(2013年11月)、「文明の衰亡するとき」(2016年1月)、「国際政治」(2018年1月)と何度か紹介してきた。服部氏は、「高坂の本が広く読み継がれているのは、平易な文体で内容に深みがあり、歴史や哲学を踏まえた考察がもりこまれているためであろう。その多くは、没後20年以上を経た今日でも色褪せない。安全保障や日米関係を論じただけでなく、中国や歴史問題についても考察している。日本の衰退に対する憂慮は予言的ですらある」という。

   今回、本書を読んで、高坂の著作からはうかがえない、佐藤栄作総理のブレーンとして活躍したことを活写する第3章(佐藤栄作内閣のブレーン―沖縄返還からノーベル平和賞工作へ)、そして、冷戦が終結した1989年(高坂55歳)以降の「戦後日本」への憂慮を深めた時代を描く第6章(冷戦から湾岸戦争へ―「道徳は朽ち果てる」)、第7章(日本は衰亡するかー「人間の責任」)、終章(最期のメッセージ――四つの遺作)が特に印象に残った。

   高坂は、佐藤の「核抜き・本土並み」の沖縄返還を、「弱者」の立場を利用しない、「戦後初めての外交らしい外交」と高く評価していた。政権に深くコミットしたのは佐藤政権のみだという。ただし、佐藤の密使・若泉敬による「核密約」(有事における沖縄への核の持ち込みを認めるもの)については、評者は、その現実の意味を考えれば佐藤への評価を変えたかどうかはわからないと考えるが、服部氏は、高坂は「核密約」自体は知らなかったと思われると慎重に述べるにとどめている。

   1996年5月15日に62歳で癌により早すぎる死を迎えるまでの、高坂「晩年」に関する叙述は、まさに「警世の書」というに相応しい。湾岸戦争後に、その弊害が大きくなったとして、高坂が改憲と集団自衛権の行使に肯定的になったことの意味をあらためてかみしめる。『日本の論点'96』(文藝春秋編)の「迫りくる危機の本質」という論考での、「日本では理想家風の偽善者が力を持ちすぎていて、その結果少しでも責任ある行動をしようとしている人を苦しめている」との警句の紹介には衝撃を受けた。

   1996年4月中旬に、憲法学の権威で知られる同僚の佐藤幸治が高坂邸を訪れ、「お互いやるべきことはまだまだありますね」と佐藤が語ると、「日本はこれからが本当に難しいかもしれないね」と高坂は応えたという。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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