私見「クローズアップ現代」

王監督に若い人がついていった訳

2008/10/ 9 16:29

   プロ野球ソフトバンクの王貞治監督が、10月7日の楽天戦を最後にユニフォームを脱いだ。実に半世紀に及ぶ野球生活は、波乱に満ちていた。支えたのは「野球への情熱だった」とだれもがいう。畠山智之キャスターが、沢山の証言をもとに、名将の軌跡と魅力を追った。

   選手としての名声。長嶋茂雄とならんだ「ON」は日本のプロ野球の看板だった。一本足打法でホームランを量産、756号でハンク・アーロンを抜き、第1回国民栄誉賞。MVP9回。生涯868本はダントツの世界一だ。

「オレは勝ちたい、という思い」

   しかし、名選手かならずしも名監督ならず。1984年から5年間務めた巨人では、遂に日本一になれず。95年に就任したダイエー・ホークスでも、Bクラスに低迷して、怒ったファンがバスに卵を投げつける事件まで起きた。

   王監督と同じ年に入団した工藤公康は、「意識のカベがあった。近寄りづらかった」という。が、監督は変わっていった。「オレは勝ちたい、という思いが選手に伝わっていった」。そして5年目に初の日本一。通算14年、球団名がソフトバンクに変わったが、この間リーグ優勝3回、日本一2回に輝く。一昨年(2006年)のWBCで日本を初代の世界一にした。

   巨人時代抑えの切り札だった鹿取義隆は、WBCでコーチとして18年ぶりに接したとき、「カベがなくなっていたので驚いた」という。「巨人では抑えに抑えていたんだなと」

   王監督自身は辞任会見で、「(巨人時代は)24時間衆人環視のなかで、窮屈だった」といった。常勝を求められる巨人ゆえのプレッシャーだろう。同じ会見で、「監督は先頭に立って戦うのが仕事。参謀本部じゃなくて突撃隊長」といい、事実それをホークスでは貫いてきた。

   最終戦に駆けつけた城島健司(現マリナーズ)は、「優勝するんだというあの情熱は、5年間変わらなかったですから」という。また「ユニフォームのかっこよさ。少年のような目、あの輝き。ボクが球をはじいて見失ったりすると、誰よりも監督の声が飛んできますからね」。

   王監督は、「50年ひとつの道にどっぷりと浸かって、心をときめかして68歳になってもこうしていられるというのは、本当に幸せだった」と静かに語った。この生き方に共鳴する人、思いを寄せる人は多い。

(続く)

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