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農水省の「農業知らず」で広がった牛肉稲わらエサ汚染

   福島原発から出た放射性セシウムによる肉牛の汚染は、はるか三重県の松阪牛にまで広がった。汚染源はエサの稲わらである。汚染地域からの稲わらは15道府県に及び、飼育された2600頭が出荷されていた。うち38頭から国の基準値を上回る値が出たが、一部はすでに消費されていた。

注意があったのは「牧草と水」だけ

   畜産農家にしても寝耳に水だった。稲わらは消化にいいため、出荷直前にあたえると 肉の質がよくなる。原発事故のあと、農水省から牧草や水についての注意はあったが、稲わらの話はなかった。まして、原発から100キロ以上も離れた稲わらが高濃度汚染なんてだれも考えなかった。稲わらから3万9000ベクレルが検出された福島県喜多方市の農家は、「エッ、とびっくりして、何が何だかわからなくなった」という。牛の汚染は基準値以下だったが、福島県はいま全面出荷停止だ。

「もっと早く言ってくれれば与えなかった。悔しい」

   福島県田村市の坪井徳幸さんは、稲わらの汚染はゼロなのに収入もゼロになった。それでもエサ代、従業員の給与で月500万円はかかる。

「このままでは廃業です」

   稲わらの汚染は福島、栃木、宮城、岩手で確認された。なかでも宮城産は全国へ出荷されている。10年前に口蹄疫が発生したとき、中国産の稲わらが疑われ、農水省は国産を奨励した。以来、コメどころの宮城は主たる供給源になった。

   それにしても、原発から150キロも離れた宮城県栗原市の専門販売業者は、「なんでこんなところまできたんだ」といぶかる。福島原発の爆発で放射性物質は3月15日(2011年)ころ宮城県の上空にあって、県北ではちょうど雨が降っていた。しかし、牧草の汚染は基準値の2倍程度なのに、稲わらは20倍だ。新潟大の野中昌法教授は「稲わらは中に管が多く、水と一緒にセシウムを吸い込む。わらが乾いてもセシウムは残り、これを繰り返して濃縮された」という。この地域では、春先まで田んぼに干したままというのも珍しくな い。

   NHK科学文化部の近堂靖洋記者は「農水省の危機意識が甘かった」という。牧草や水には注意したが、稲わらの扱いや流通を知らなかった。また、汚染の広がりについても、政府部内で情報を共有できていなかったという。

東京・世田谷の精肉店は売り上げ半減

   小売店や消費者への影響も深刻だ。東京・世田谷の精肉店は山形牛など東北ものが主。震災のあとは産地を支援したいと客も多かったが、セシウム騒動で売り上げは半減した。出荷停止で関西ものに切り替わったが、客足は戻らない。

   畜産農家は政府が出した出荷再開の条件にも不満だ。計画的避難準備区域などは全頭検査だが、 それ以外は一部検査にするという。「それでは消費者が納得しない。市場に出しても安値になってしまう」と、あくまで全頭検査を求める。これも難問だ。福島がこれから出荷するのは2万頭。しかし検査所は2か所しかなく、検査機器は12台。1頭の検査に1時間はかかる。これでは物理的に不可能に近い。

   そこで厚労省はいま「計画出荷」をいう。全頭検査で市場へ出たものの安全は保証す るが、数が落ちるのは避けられない。「生産者・消費者に我慢してもらうしかない」(大塚耕平・厚労副大臣)というのだ。当面、福島が対象だが、山形も独自に数を減らして全頭検査の構えだ。消費者の信頼を取り戻すためにどこも必死である。

   国は汚染肉の買いとりと出荷制限に損害賠償をする方向だが、元はといえば農水省 が農業の実態を把握していなかったためだ。それでなくても災害支援に予算が足らないというのに、とんだ「人災」である。新聞の投書欄に「ライオンを知らない動物園長と同じ。農水省は勉強し直せ」と手厳しい声があった。

NHKクローズアップ現代(2011年7月25日放送「牛肉になぜ~広がる放射の汚染~」)

ヤンヤン