先月(2015年3月)中旬、札幌・中心街のビルの高さ15メートルから看板の一部が落下して21歳の女性を直撃した。女性は頭と首の骨を折って、1か月経ったいまも意識不明の重体だ。都会ではどこでもこの手の看板が歩道の上に張り出している。これが突然落下する事故が全国で続いている。
女性を直撃した看板を止めていたケタは鉄製で重さ25キロもあった。衝突重量は1トン以上にもなるとみられる。看板は設置から30年以上も経っており、ビルとの接合部分が腐食していた。事故の1時間半前にケタを支える小さな部分が落ちていたのだが、看板設置者の料理店は何の措置もとらなかった。
札幌市の条例では年1回の安全点検が義務づけられているが、最後の点検は3年前だった。それも業者が地上から双眼鏡で目視するだけで、点検項目は18あったが、いずれも「異常なし」「劣化なし」となっていた。札幌市も報告書をチェックするだけ。「問題なしといわれると、信用するしかない」という。 どこの条例も点検方法までは定めていない。
看板やビルの外壁の落下事故は、去年までの5年間に、国に報告があっただけでも35件である。うち18件で歩行者に当たっている。どれも経年腐食、劣化が原因だ。おととし6月に大阪で起きたコンクリート片落下では60歳の男性が死亡した。
新宿・歌舞伎町でビルの外壁が20メートルから上から落下した事故を機に、新宿区が緊急調査を行った。人通りの多い新宿駅周辺のビルを調べたところ、約3分の1にあたる249棟で看板、外壁のサビ、腐食、亀裂がみつかった。
看板の設置は許可制だが、安全の確認は点検の報告書類だけ。行政は直接タッチしない。無許可の看板も多いが、これもチェックできない。新宿区は危険なものについて、ビルの所有者に直接働きかける事を考えている。
なぜもっと確実な安全点検ができないのか。東北芸術工科大の山畑信博教授 は、「コストだ」という。双眼鏡の代わりに看板を直接調べると10倍以上もかかるという。安全管理がおろそかになったのも、「高度成長で造るばかりで点検まで手が回らなかった。トンネルもそうでしょう」
直接動いたのは福岡市だ。落下して女性がケガをした4メートルの看板は30年以上も前に設置されたもので、おまけに無許可だった。市は1億2000万円をかけて、360度撮影できるカメラを装着した車で実態調査をした。GPSも使って許可の有無も照合したところ、許可が必要な1万2154の看板のうち64%にあたる7798が無許可とわかった。市は所有者に連絡して、許可申請と点検を求めている。
京都市はさらに進んで看板をなくしてしまった。平成19年に屋外広告物条例を全面改訂して、歩道(頭上)にはみ出したビル側壁の看板を全面禁止にした。80人以上の嘱託職員を採用して専門部署をつくり、7年間で2万4000余を撤去した。かつて看板がひしめいていた四条通はいまひとつもない。
実は、観光地としての景観の問題でもあったのだが、撤去の過程で危険な看板が相次いで見つかった。京都市の担当者は「景観保護が安全にもつなが ることがわかった」と話す。
建築物の安全については建築基準法に基づく点検というのもある。国は全国75000のビルの点検を行ってきているが、山畑教授は「まだ足らない。無許可の問題もありますし、目視も問題です。工作物安全基準という枠組みを作らないといけないでしょうね」という。
考えて見れば恐ろしい話だ。いつ落ちてくるかわからないというのに、だれも上を見上げたりはしない。事故があっても「まあお気の毒に」で終わり。自分には落ちてこないと思っている。慣れとはつくづく恐ろしい。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2015年3月12日放送「看板が頭上から落ちてくる~歩行者を襲う危険~」)