2024年 4月 20日 (土)

あおりネットに乗せられて大量の弁護士懲戒請求 弁護士が猛反撃、請求者が損害賠償を支払うケースが続々

人気店や企業から非公開の招待状をもらおう!レポハピ会員登録

   例年の40倍の13万件――。去年(2017年)1年間で全国の弁護士会に寄せられた弁護士資格のはく奪などを求める懲戒請求件数だ。ところが今、こうした請求者が逆に弁護士側から損害賠償を求めて訴えられるケースが増えている。このうち1人が33万円の賠償を裁判所から命じられた。

   外国人排斥を主張するネットの呼びかけに応じたのがきっかけの騒動で、多くが匿名で懲戒請求をできる勘違いして気軽に請求していた。実際は匿名ではなく、請求書面から特定された発信者に弁護士側の怒りが爆発した形だが、ネットの怪情報に踊らされる人たちの哀しい実態が見えてきた。

発端は在日朝鮮人の弁護活動を「死刑に相当する」攻撃するブログ

   発端は在日朝鮮人にかかわる弁護活動を「外患誘致罪、死刑に相当する」などと攻撃するブログだ。懲戒請求書のひな型まで公開してあおりたてていた。

   金竜介弁護士には去年1年間、1000通の懲戒請求があった。「朝鮮学校への補助請願に賛成している」という理由は、金氏が一切かかわっていないものだった。「どんな人が請求しているのかもわからなかったが、その人たちが具体的行動に出るハードルが低すぎる」と金氏は驚きを語る。

   NHKが調べると、請求者1000人中470人の住所がわかった。平均55歳、60%が男性だった。公務員、医師、会社経営者、主婦などと幅広い。1人ずつ取材すると、「日本人学校が虐げられている」「日本の周りに悪い国がいっぱいある」といった反応が返ってきた。ほとんどがブログの主張に賛同したという。

   後悔の気持ちを話す人がいた。

   関東地方の50代タクシードライバーは「制度を知らず、深く考えなかった。弁護士がこんなに怒るとは思わなかった」そうだ。

   問題のブログに出会ったのは6年前。会社を退職し、ギャンブルの借金から自己破産した。「あてもなく低空飛行していた時にブログを見つけ、在日コリアンが優遇されていると聞いて理不尽だと思った」という。他のサイトにも似た主張があり、「オススメものにのめり込んで」170件の懲戒請求に署名、なつ印した。「悪いことをしている意識はなく、高揚感がありました」と振り返った。

   ネットの匿名性に安心感を持ってやった人もいる。

   夫と子供との3人暮らし、50代の主婦はフェイスブックから引き込まれた。日本人を礼賛する主張に共感し、信じる気持ちが日に日に高まった。ブログの「署名押印しても弁護士には名前が伏せられる」という記述が請求行為の決め手になった。

   「匿名なら大丈夫」と思ったのだが、実際には氏名記載の請求書が弁護士にそのまま届くことを知らなかった。匿名はウソだった。「戦闘モードに入って、同調してしまいました」と、今は悔やんでいる。夫や子どもには話していない。

   ブログの運営者は、NHKの取材に対してドアのインタフォン越しに「個人の判断。命令してはいない」と男性の声で答えた。あおるだけあおっておいて、信じるのがバカといわぬばかりの無責任さだ。

「匿名だから」とだまされて40万円の和解金支払い

   弁護士側との和解を申し出た人もいた。

   中部地方の50代男性は、全国の弁護士複数から「裁判か和解か」と問われ、あわてて和解を選んだ。現金を家族に内緒で集め、7人に40万円を支払った。「冷静なら調べることなのに、あおられてしまった」と反省しきりだ。これまでに裁判になった27件中20人が和解を申し出ているという。

   ブログの呼びかけにあおられた人に共通するのは、「日本をよくしたい」「制度を理解せず、気軽に行動した」「匿名だからいいと思った」などだ。

   大阪大学の辻大介准教授(社会学)は「思いとどまらせる意見が通りにくい情報環境ができている」と、自分好みの情報が自動的に提示されるネットの仕組みを解説する。

   過去の閲覧歴から自分で検索しなくても情報が選びだされ、反論や異見はさえぎられる「フィルターバブル」だ。これにより、積極的に同意見だけを集める「エコーチェンバー」(共鳴室)という状態になる。

   穏やかに「自分とちがう意見も聞こう」とよく言っていた70代の父親が急変した体験を持つ女性がいる。父親は「ネットで中国の悪口をいう動画ばかりを朝から晩まで見るようになった」という。やがて「これが常識だ」「中国人が攻めてきても知らないぞ」などと言い始め、家族はもう話しかけるのも避けている。

   辻准教授は「対話なら嫌な顔や反論も返ってくるが、ネットにはなく、抑制が効かない」「ネット世界の強硬な意見に引きずられ、極端な行動に出やすい」という集団極性の傾向に警鐘を鳴らす。

   国際基督教大学の森本あんり副学長は「いまの政治やマスコミに任せることはしたくないとの欲求が隠れている。自分の存在意義を受け止めてくれるものがあれば、号令に染まってしまう」と、危険性を指摘する。

   膨大な情報があふれながら、一人ひとりには極端なまでに偏ってしまうネット社会。「情報の海の中で、分断されかねない危うさを見つめるべきだ」と総括した武田真一キャスター。正論だが、漠然とした心がけだけでは現状は変わらない。

   その点、攻撃された弁護士たちの、「やり放しにはさせないぞ」という反撃は有意義だった。発端を作ったあおり行為の発信者もこの際、野放しにすませてはいけない。具体的に責任を問わなければ、ネットの闇はいつまでも終わらない。

※NHKクローズアップ現代+(2018年10月29日「なぜ起きる弁護士の大量懲戒請求」)

文   あっちゃん
姉妹サイト

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中