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文筆家の松岡美樹氏に聞く ネットでの誹謗中傷問題(下)
気軽に参加の匿名 ネットの発展につながる

   ネット上の誹謗中傷にどう対処するか、匿名だから氾濫するのか。こうした問題について、匿名の尊重を訴える文筆家の松岡美樹氏に話を聞いた。

粘り強いコミュニケーションが道開く

匿名の尊重について訴える松岡美樹氏
匿名の尊重について訴える松岡美樹氏

――松岡さんは匿名主義という理解でいいのですか。ITジャーナリストの佐々木俊尚さんの「オープンID」や弁護士の小倉秀夫さんの「共通ID」といったネットIDの考え方に対しては、どのような立場を取りますか。

松岡 主義というより、匿名で情報発信したい人の権利が守られるべきという立場ですね。実名制はデメリットの方が多く、たくさんの人が気軽にネット参加できる世の中の方が面白いということです。ネットIDについては、佐々木さんにちょっと近いですが、私としては、ある程度縛りが強くなるとネットの良さが失われていく気がします。オープンIDは、誰がやり、誰がコストを負担するのかという問題があり、現実論から実現が難しいのではとも考えています。普段使っているニックネームをネット仲間に認知してもらい、それでコミュニケーションを取ればいいと考えています。

――それでは、どうやって誹謗中傷をなくすのですか。

松岡 私は、システム論、技術論よりむしろ人間に興味を持っています。それは、粘り強くコミュニケーションをすることによって、相手を変えていこうということです。ネガティブな書き込みに対しては、こちらがヒステリックになると、盛り上がってどんどん悪循環に陥る典型的なパターンになってしまいます。だから、冷静に一歩引いてコミュニケーションをする必要があるのです。

――本当にそんなことが可能なのですか、具体例を教えて下さい。

松岡 私はブログで「ジャズ喫茶で嫌煙権は認められるべきか?」という話題を取り上げ、「ほかの客に『タバコを吸うな』なんて言うつもりは、もちろんない。理由はジャズ喫茶だからだ」と書きました。嫌煙権の議論は罵詈雑言を投げ合うだけにおわりがちなので、私はコメント欄で「意義のある議論がしたい」と訴えました。そして挑発的な書き込みが来ても、努めて丁寧なレスを繰り返したのです。すると罵詈雑言は最初だけで、その後は落ち着いた物腰の意見、非常にシャープで有意義な分析が続けて書き込まれました。結論はなかなか出なかったのですが、今の社会ではタバコを吸わないようにしようというコンセンサスができつつあるという認識では一致しました。タバコ問題でこれだけ生産的な議論が成立したのは、私が知る限り初めてです。

――いじめや犯罪が目的の裏サイトや闇サイトでは、歯止めがかからないのではありませんか。

松岡 それらはネット経由で「発露した」「表面化した」というだけで、実はリアルの世界にもともと存在した社会問題です。例えば学校の裏サイトは、リアルの世界におけるいじめの問題です。また、ネットで参加者を呼びかける練炭自殺も、日本が先進国の中で突出した自殺大国ということが背景にあります。これらを解決するには、まず学校や医療の現場などで根本的な策を講じる必要があるのです。ネットは確かに、拡声器のようにリアルの問題を助長している側面はありますが、私は、その特性を理解して使いこなそうと地道に呼び掛けていけば変わっていくと思います。

実名を出すと何が起こるかは、mixiが実証

――では、小倉さんのいうようなネット実名制を採り入れると何が問題になりますか。

松岡 ネットを実名化しても、社会問題がまた潜在化するだけです。表面的には確かに炎上は起こらないかもしれません。だが、問題は何も解決していません。平和な「仮面夫婦」みたいな状態になるでしょう。また、せっかく参加してきたネットユーザーの多くが、ネットで情報発信するのをやめてしまう可能性が高いと思います。情報発信のための敷居が一気に高くなってしまうからです。かたや残ったユーザーも当たり障りのない平凡なことしか書けなくなったら、ネットはとても退屈な世界になり、そのクリエイティビティが著しく低下するのではないか、と思います。

――そうしたことを示す何かいい具体例があれば教えて下さい。

松岡 「実名でネット」は、mixiが産声を上げたとき、一時的に一部の人の間でポピュラーになりかけました。ですが、本名登録を推奨していたmixiは、どうなったか?ケンタッキーフライドチキンでアルバイトしていた高校生のゴキブリ揚げ告白などのような数々の騒動を起こした挙句に、抵抗がある人には今やヘルプでニックネーム登録を勧めています。ネット上で実名を出すと何が起こるかは、ある意味、mixiが実証したといえます。ネットの実名化は、そういう時代の流れに逆行しているのです。mixiでは実名による責任ある言論のやり取りが行なわれ、有意義な世界が構築されたかといえば、むしろ逆ではないでしょうか。

――だからといって、本当に匿名が良いということになるのですか。

松岡 そもそもオープンソースの思想や、ウィキペディアなどを通じた集合知を見てもわかる通り、ネットの本質は性善説なのだと思っています。でなければ有意義なCGM(消費者生成メディア)の世界など成立しないし、そもそもユーザー参加型のWeb2.0など有り得ない、ということです。ネットは匿名で発展し、クリエイティビティを保ってきたと言えます。誤解を恐れずに言えば、現実の世界とはまったく別に異なる人格をもって気軽に参加できるからこそネットは素晴らしい。ドロドロとした人間関係を引きずりながら、ストレス過多なコミュニケーションをしなくてすむからいいのですよ。

【松岡美樹氏プロフィール】
1960年、徳島県生まれ。中大文学部卒。新聞社や出版社を経て、文筆家として独立。各種媒体に、ネットメディア利用の心理や、ネット上で起こる炎上などの現象を分析する記事を書いている。著書に、「ニッポンの挑戦 インターネットの夜明け」(RBB PRESS/オーム社)などがある。ブログ「すちゃらかな日常 松岡美樹」(http://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki)も運営している。