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米国の新聞は決断した 「紙が減ってもウェブ中心でやる」
(連載「新聞崩壊」第5回/アルファブロガー・田中善一郎さんに聞く)

   販売も広告も先行き下り坂。ネット戦略に生き残りをかけるしかない。日本の新聞社はそう考えているように見える。ところが、先行している米国の様子を見ると、新聞社のウェブサイトは苦戦している。出稿される広告も減少に転じた。米国のメディア事情をアルファブロガーの田中善一郎さんに聞いた。

――米国と日本の新聞社のサイトはどこが違うのでしょう。

田中   まず英語圏なので、最初からグローバルな展開を視野に入れられる強みがあります。だから、ユニークユーザー数も多い。内容面で言うと、ニューヨーク・タイムズは、紙面に掲載されている記事のほとんどがウェブにも掲載されている。ネットに先に配信する「ウェブ・ファースト」も徹底しています。ネットのコンテンツは速報性もあるし、行数に制約がないし、時には映像も付く。記事一つ一つに厚みがあります。各記事から、関連する外部サイトの記事へのリンクが張られ、開放化に向かっているのも大きな特徴です。

   トピックス記事のようなストックコンテンツも充実してきています。ニューヨーク・タイムズでは、約1万種のトピックス記事が随時更新されており、非常によくできています。Wikipediaのような事典ですが、信頼できる内容だし、最新ニュースも組み込まれています。同サイトのニュース記事内に出てくるキーワードには、関連するトピックス記事がリンク付けされています。

ソーシャルメディア化が進んでいることが特徴

「米国の新聞社ウェブサイトはソーシャルメディア化が進んでいる」と話す田中善一郎さん
「米国の新聞社ウェブサイトはソーシャルメディア化が進んでいる」と話す田中善一郎さん

――そのほかに特徴は?

田中   ソーシャルメディア化が進んでいること。例えばRSS。カテゴリー分けが非常に細かい。たいていの新聞社サイトでは200種ぐらいのRSSフィードを配信しています。ニッチなトピックスでもRSSフィードになっているし。複数の新聞社サイトを対象に特定分野の情報をRSSリーダーで収集する場合、効率よく行えます。特に、仕事に関する専門分野の情報収集環境が、日本とは全然違います。

   サイトの基本設計に関しては、3~4年前まで日本の新聞社と大差なくて、紙の焼き直しに過ぎませんでしたが、急に状況がかわってきました。「まずはトップページに来てもらう」というやり方が行き詰まってきたからです。検索エンジンの進歩とRSSフィードの普及で、「まずは1面から読む」という紙媒体的な情報提供だけではユーザーが満足しなくなってきたのです。記事1本1本が検索対象になってきました。web2.0的な流れが生まれてきて、ユーザーの情報接触が「パッケージされたコンテンツを読む」から「読みたい記事だけを読む」というように変化が出てきています。

――ソーシャルメディア、特に、ブログとの関係についてはいかがでしょうか。

田中   ニューヨーク・タイムズでは、ブログの中で記事が話題になるような仕掛け作りを進めてきました。過去に遡ってすべての記事に固有のURLを与え、いつまでもリンク切れが起こらないようになっています。過去20年間の記事を含めて昔の記事までが無料で読めるため、ブロガーは安心してニュース記事を引用してリンクを張るようになってきました。

――新聞社サイト内で提供されているブログについてはいかがでしょう。

田中   いわゆる「記者ブログ」でも、日本と米国とでは様子が全然違います。日本では多くが、単にコラムをブログという形で掲載しているに過ぎませんが、米国ではブロガーとなる記者がブログの世界にうまく入り込んでいます。一般の記事に比べて、規制の少ない自由な視点でブログ記事を書いており、外部ブログとやり取りをしながら、一緒により良い記事を作り上げていこうとしています。つまりコンテンツをマッシュアップしていくプロセスが見られるのがおもしろいですね。さらに最近では、外部の有力ブログとライセンス契約を結び、外部ブログ記事を新聞社サイトでも掲載し始めています。

米国では3-4年前から新聞広告が急に落ち込む

――こうした試みで、確かに情報の価値が上昇しました。問題は、その結果「儲かるか」です。

田中    紙媒体では儲からないという結論を下し、儲かるかわからないネット媒体にシフトしているのが現状です。そこで米国の新聞社がどう変化してきたかを振り返る必要があります。実は、1970年ぐらいから読者の減少が始まっています。米国の人口が2億から3億に増えているにもかかわらずです。つまり、「新聞を読む人の割合」が、劇的に減った。それでも、指導者層の新聞に対する信頼は揺らがなかった。「信用できるニュースがいつでも得られる」メディアとしては、当時は新聞しかなかったからです。そのため、部数が落ち込んでも、新聞広告費が70年から2000年までの30年間で6倍以上も伸びたんです。「広告は上向きだったので、危機感を持つのが遅れた」と言う面があります。

   ところが、ブログなどのソーシャルメディアが普及しだした3~4年前から、新聞広告が急に落ち込み始めました。この頃が転換期だと思います。06年~07年にかけて、広告は大幅に落ち込んだ。世間一般の景気がいい時でしたので、新聞社も「これはまずい」と受け止めた。みんなが「新聞が消える」と言い出したのはこの頃です。部数と広告が減少する負のスパイラルが加速化し、止まりそうもない、というのが現状です。これに金融危機が加わって、まさに踏んだり蹴ったりの状態です。

――ウェブと紙媒体の住み分けはできるのでしょうか。

田中   今までと逆に、紙はウェブの補完となっていくでしょう。頭が痛いのは、ウェブを充実させると、紙媒体の販売収入が減ってしまうこと。ニューヨーク・タイムズが、最も典型的な例でしょう。それでも、「紙を減らしてでも、ウェブをやるべき」という決断をした。収益性が悪くても、やらざるを得ない。

――日本の新聞社は、まさにその入り口にさしかかっていると言えそうですね。

田中   さらに米国の新聞社にとって具合が悪いのが、収入の7~8割を広告に依存していることです。それが年率で15%ぐらい落ち込んでいる。特にクラシファイド広告(求人広告など)の落ち込みがひどくて、ニューヨーク・タイムズでもこの1年で3割近く落ち込んでいる。これらの広告はネットに流出してしまったので、紙媒体に戻って来ることは絶対にありません。ネット広告がV字回復し,ネット事業が新聞社のけん引車になるまで、米新聞社の何社が持ちこたえられるかどうか。淘汰は避けられないでしょう。

中高年層には「現状のコンテンツの方が安心」

――日本の状況を見たときに、日本の新聞社サイトは、どういう風に変わるべきだと思いますか。

田中   一部の新聞社を除いてほとんどは、本気でネット事業に突っ走っているとは思えません。皮肉に聞こえるかもしれませんが、中高年向きの現状のサイトは合理性がある。少子高齢化で増えている中高年層では、「編集者の価値観でつくられた現状のコンテンツの方が安心」という声が主流でしょう。さらに何だかんだ言っても、売り上げは紙媒体の方がネットよりもはるかに多い。コンテンツをつくるのも営業をするのも、ネットの方が手間暇かかって大変なのです。紙と違ってネットでは、24時間対応しなければなりませんし。今の新聞社の人的リソースからすれば、ネット中心の事業展開はしばらく難しいでしょう。

   やっぱり、ネットはやりたい人がやるべきです。紙媒体がダメになりそうだから、しかたなくネット媒体をやらされるでは成功しないはずです。意欲的にネット媒体に転身したいという若い人が増えてくればいいのですが。外部の血を導入するのも必要では。オンラインメディアに長けたネットベンチャーを買収するくらいでないとうまくいかないかもしれません。

――そうなると、中長期的にはジリ貧なのでは。

田中   確かにそうですが、「新聞が危ない」のではなくて「紙媒体が危ない」ということでしょう。新聞が提供してきたニュース記事のニーズがなくなっているのではない。何だかんだ言っても、いずれ紙媒体の時代は終わって、ネットが中心になっていきます。「質が高くて信用できるニュースメディアは新聞」と主張する人もいますが、「それが紙でないといけない」理由はどこにもありません。米国では、著名な記者がブロガーに続々と転身しています。多くの優秀な記者がネットメディアにはり付いていけば、ニュースペーパーは消えてもペーパーでない新聞が生き続けるのでは。

田中善一郎さん プロフィール
たなか・ぜんいちろう 1945年、兵庫県生まれ。68年、大阪大学工学部卒業。同年、コンピュータメーカーに入社し、情報通信システムの開発に従事。74年、日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社、「日経エレクトロニクス」記者を経て、「日経バイト」編集長、「日経コミュニケーション」編集長などを歴任。2006年4月、同社を退社。インターネット業界動向をピックアップし伝えるブログとして「メディア・パブ」を執筆中。