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電車の中で「痴漢です」! 叫ばれたらどうしたらいいのか
弁護士・井上薫さんに聞く

   電車内の痴漢被害が後を絶たない。一方で、女性側から「痴漢だ!」と名指しされた男性が、「本当にやっていない」と無実を訴えても、女性側の証言のみを根拠に起訴され、有罪判決を受けることも少なくない。周防正行監督の映画「それでもボクは やってない」がヒットしたのは記憶に新しいところだ。「冤罪」を生み出しかねない司法の現状について、「痴漢冤罪の恐怖―『疑わしきは有罪』なのか?」(NHK出版)などの著書がある裁判官出身の弁護士、井上薫さんに聞いた。

――最近「痴漢の容疑で逮捕・起訴されて、結局無罪になる」というケースを耳にするようになりました。「電車に乗ったら手を上げろ」なんて話も聞きます。つい最近では、痴漢被害を訴えた女性は、実は詐欺目的だった、ということもありましたね。

井上   あれも、女性が「ウソでした」と自首しなかったら、危うく冤罪になるところでしたよね。

「こうしたらいい」という方法がないのが大問題

「痴漢冤罪」の危険性について語る井上薫弁護士
「痴漢冤罪」の危険性について語る井上薫弁護士

――最近、男性に、そのような「痴漢冤罪」に対する危機感が広がっているような気もします。電車の中で「痴漢です!!」と言われた場合、どうしたらいいのでしょうか。

井上   それが、「こうしたらいい」という方法があるのであれば、全然怖くないんですよ(苦笑)。決め手がないからこそ、大問題になっているんです。決め手がないのに、有罪のベルトコンベヤーに乗せられてしまう。怖いですよ。本を書くにあたって「何か良い方法はないか」って考えたんですけど、やっぱり、なかなかないんです。あえて言うとすれば、女性側に「これ以上言うと、逆に名誉棄損で訴えるぞ!」と反論する、というぐらいでしょうか。

――「逃げちゃえばいい」という人もいますね。これは有効なんですか?

井上   一面においては、有効かもしれません。しかし、取り巻きの野次馬の男性などに捕まえられてしまうでしょうね。無理に逃げようとすると、物理的にぶつかったりして、暴力事件になってしまう可能性もあります。逃げられればいいんですけど、途中で捕まったりすると、「逃げた」ということで、余計に犯人扱いされてしまいます。

――女性じゃなくて、周りの人から「あいつを捕まえよう」という動きが起こる、ということですね。

井上   女性の足で本気で追いつけるかどうかは難しい面があるでしょう。女性の「痴漢つかまえて!」という声を聞いて、取り巻きが追いかける、というパターンが一般的です。なので、「逃げる」というのは、お勧めできる方法ではありません。
   それ以外に、「本当に会社に行かないといけないので、この場での足止めは困る」と名刺を渡して、追いかけられないようにしてその場を立ち去る、という手もあります。要するに、その場で逮捕されなければいいんです。
   後でテーブルを挟んで「痴漢をやった、やらない」と争うことになったとしても、少なくとも逮捕されることにはならない。
   でも、現場で連行される、という状態だと、対等な話し合いができる環境ではありません。

――「ちゃんと話せば分かってもらえる」と思っている人も多いですね。仮に事情を説明しようとして駅の事務室に行った場合、どうなりますか。

井上   事務室には駅員がいますから、駅員に「そこで待て」と言われて、警察官を呼ばれます。事務室では、相手の女性とは別の部屋に入れられて、話し合いなんて出来ないですし、警察に行っても状況は同じです。

容疑認めないと起訴後も、2~3か月出られない

――その後、警察で「逮捕」されてしまうんですか?

井上   どの段階で「逮捕」になるのかは不明確なのですが、おそらく、書類上は「現行犯逮捕」になるでしょう。「ホームの上で、女性に現行犯逮捕された」と。警察官は「その身柄を引き取った」という形になります。私人が現行犯逮捕した場合は、容疑者の身柄を司法警察職員に引き渡さないといけない、という規定がありますので、それに従って「身柄を受け取った」という書類が出来てしまう。ですから、警察で逮捕されたのではなくて、駅のホーム上で逮捕されたことになってしまう。でも、これはインチキです。逮捕というのは、手錠をかけたり取り押さえたりして、物理的に動けない状態にすることですが、逮捕されていないのに、逮捕されたことにしてしまっているんです。
   この「インチキ」が、後で大問題になる。勾留の段階では逮捕前置主義(違法な逮捕が行われた場合、それを根拠に行われた勾留も違法だとする考え方)という考え方がとれてられていますが、逮捕がないのに、いきなり勾留されてしまう。でも裁判官は書類だけを見て「逮捕が前にあった」と、だまされる。
   裁判官もその点を調べようとはしないんですよね。みんなが少しずつ「ズル」をしている。こういうことの積み重ねで、「ベルトコンベヤー」のシステムは維持されているんです。

――警察での取り調べが始まって、「私はやってない」と容疑を否認すると、どうなるのでしょうか。

井上   「やったんだろ」「言えばすぐに出してやる」「容疑を認めないと、身柄が拘束されたまま起訴されて、起訴された後も、2~3か月は出られない」といったことを言われます。痴漢にかぎらず、どの犯罪でもそうです。要するに、「自白すれば、早く出してやる」ということです。「仮に起訴されても、保釈には同意してやるから」とか。そういう「エサ」をつるす訳です。

――取り調べ段階で否認するのは難しいんですか?

井上   やはり身柄拘束というのはダメージが大きいですから。出られるためならと、自白をしてしまうことが多いです。一度つかまると、短くて1か月、長くて2~3か月は出てこられません。突然1か月いなくなったら、大問題ですよね。警察官から「自白をしないと大変なことになる」と言われ続けると、容疑を否認するための「やる気」がなくなってしまうものです。

「罰金20万払って出てこられるのであれば、それでいい」

――そうなると、「本当はやっていなくても、自白をしてしまう」ということが起こる訳ですね?

井上   正直なところ、「罰金20万払って出てこられるのであれば、それでいい」となってしまうこともあるんです。
   示談金は、多い時だと200万。社会的地位がある人ほど、「500万払ってでも示談したい」と、女性側からの訴えを取り下げてもらいたいものです。
   「500万だったら無理だけど、罰金の20万円だったらすぐ払う」みたいな人は、いっぱいいると思います。従って、「痴漢冤罪」は、相当数いるのではないかと思います。

――この犯罪の場合、示談して女性側が訴えを取り下げるとどうなるんでしょう?「チャラ」になるんですか?

井上   痴漢は親告罪ではないのですが、女性側が訴えを取り下げるのであれば、検察としては、もはや起訴する価値はないでしょう。起訴されなくなる、と思って間違いないでしょう。

――逆に、否認を続けると、どうなるんですか?

井上   起訴されます。女性の言い分が余りにも変で「荒唐無稽」ということになると、起訴されないこともあるのですが、「あり得る」という可能性があるだけで、起訴されてしまいます。
   女性の証人尋問と被告人質問をして、有力な証拠がなければ、二人に言い分を比べて、裁判官は「こっちが勝ち」とやるのですが、過去の例だと、ほとんどが有罪です。徹底的に否認して争っていると、「反省してない」と、量刑が重くなってしまう。

――やっていないことは、反省のしようがないですよね(苦笑)。

井上   裁判官のセリフまで決まっていて、「可憐な女子高生が羞恥心を押して『痴漢された』と言っているのだから、間違いない。証拠上明白であるにもかかわらず、被告人がシラを切りとおしている。反省の心は微塵もない」といった具合です(笑)。判決文は、起承転結が、ちゃんと決まっているんです。
   (手を下着の)中まで入れたとされた場合は、強制わいせつ罪で起訴されることがあって、今言ったようなことを判決文に書かれると、懲役の実刑になってしまいます。前科もない普通のサラリーマンが、突然刑務所に1年間入る、ということになってしまう。条例違反であれば罰金20万ですみますけれど。
   否認すると「反省していない」になってしまうので、強制わいせつの場合「無罪か実刑か」になります。実刑判決を受けると、社会的には終わりです。会社はクビになってしまいますし、社会的に復活不能ですよね。引っ越しでもして、全く別のことでも始めない限り無理でしょう。

女性の言い分は信用できる、となる理由

――物証がなくて証言しかない場合、どうして「女性側の証言は正しい」と判断されるのでしょう。

井上   痴漢でなくても、二つの意見が対立する「水掛け論」の場合、刑事でも、裁判官が元々「どうせ有罪だろう」と思っているんですよ。実際、司法統計を見ると、起訴された事件の99.9%は有罪になっています。それが現実です。はっきり言ってしまえば、審理なんかせずに有罪判決を書いてしまっても、統計上はほぼ間違いはない。ですから、裁判官の目の前に新しい事件(起訴状)がやって来ると、まず「有罪の目」で起訴状を読んでしまう。統計というのは圧倒的な重みがあって、「こいつ、こんなことやったのか」と思いながら読んでしまう。仕事が速い人は、その場でパソコンを立ち上げて、有罪判決の下書きまで作り始めますよ。例えば懲役であれば、「1年」とか「1年6か月」とか、数字の部分だけ空欄にしたものを作っちゃう。仮に無罪になったとすれば、この作業は無駄になりますが、それはまずありませんね。

――やっぱり、無罪を勝ち取るのは難しいのでしょうか。

井上   統計的にほとんどが有罪ですから、よほど有罪にするのを妨げるような要素がない限り、有罪ですね。例えば再現実験をやって、「物理的に手が届くはずがない」といったことが立証されるなどしないと、無罪は無理でしょう。
 そういう決め手がない限りは有罪だと、裁判官が思っているんです。だから、5分5分だと、有罪になってしまう。

――冤罪は多いと思いますか?

井上   そうですね。色々調べてみて、「こんなに適当な事実認定なのか!」と、びっくりしましたね。自分の在職中は、そんなことはしませんでした。普通だったら当然無罪になるような「水掛け論」でも、有罪なんですよね。例えば、判決文には「女性の言い分は信用できるが、男性の言い分は信用できない」と書いてあることが多いのですが、男性の言い分が何故信用できないのかが書いていない。
   裁判官がそういう運用をしていれば、検察官も、それに引きずられてしまう。教科書通りの運用がなされていれば、「水掛け論は無罪」のはずなので、検察官も起訴しないはずです。そうなれば、警察の側も「こんな事案を送検してもつぶれてしまって、おしかりを受けるだけだ」と、早期釈放につながるはずです。
   本来ならばそうなるはずなんですが、裁判官が「水掛け論でも有罪」とやってしまうので、検察官も警察官もひきずられてしまう。ベルトコンベヤーになってしまう。裁判の現場が緩んじゃってて、教科書通りにやってないんですよ。
   条例違反の事件は、基本的には、簡易裁判所で扱うのですが、簡易裁判所の裁判官は、特に雑だと思いますね。書記官や検察事務官だった人など、正式な法曹資格を持っていない人が裁くことがあるんです。法律の素養に欠ける人もいて、判決にムラがあるんですよね。民事でも、「判決の書き方が分からず、適当に和解を勧めているだけ」というケースもありました。

「痴漢のプロ」は、すぐに捕まらない算段をしている

――そもそも、痴漢被害を訴える女性の中には、何らかの特別の意図があるケースもあるのでは。

井上   「特別な意図」としては、(1)示談金目当て(2)相手を陥れて社会的に葬るための手段、といったことがあります。特に後者は、会社の人事抗争に多いですよね。
   ただ、「特別な意図」で痴漢被害を訴える人は、そんなに多くないです。あらかたは、「痴漢被害自体はあったけれども、犯人を人違いしている」というケースです。そもそも満員電車では誰がやったか分かりませんし、「痴漢のプロ」は、すぐには捕まらない算段をしているそうですから、「プロ」の周辺にいた人が、たまたま捕まってしまう、ということもあるようです。
   逆に女性の側から見ると、「この人が犯人だ!!」と思い込んでいる場合でも、客観的に見ると間違っている、ということも十分あり得ます。裁判官もその点を慎重に検討すべきですが、判決文を読むと、実際はそうなっていない、というのが現状です。

――最近は、いくつか無罪判決も出るようになったようですね。

井上   最近になって弁護人が「痴漢冤罪」の問題に目を向けるようになった、ということはあるでしょうね。冤罪の中で、一番可能性が高いのは痴漢でしょう。さすがに殺人で、こんな適当な裁判はやらないでしょう。微罪だからこそ、取り調べがいい加減だという面はあります。痴漢だったら「20万で釈放されるのなら」と自白してしまうかも知れませんが、殺人ではそう簡単にはいきません。だからこそ、痴漢に色々な意味で、冤罪の要素が集まっている面はあります。
   痴漢の裁判で、このようにずさんなことが行われているということは、もっと重い罪でも怪しいのでは、と疑っています。これは本当に痴漢だけの問題なんだろうか、と思ってしまいます。

――改善する兆しはあるのでしょうか。

井上   裁判官が変わらないとダメでしょうね。ところが、建前上、彼らは独立していることになっていますから、例えば偉い人が「これはいかん」と指示したところで、現場の裁判官が変わる、という仕組みになっていないんです。だから、裁判官の頭を変えるのは大変ですね。地道に、裁判官の良心に訴えるしかないのではないでしょうか。

井上薫さん プロフィール
いのうえ・かおる 1954年東京都生まれ。東京大学理学部化学科卒、同修士課程修了。司法試験合格後、判事補を経て1996年判事任官。2006年退官し、2007年弁護士登録。司法行政の裁判干渉に反対し、裁判官の独立を守る活動を続けている。著書に「司法のしゃべりすぎ」など。