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数学不要にした私立大の入試 これが日本の教育歪める最大原因 
(連載「大学崩壊」第6回/週刊誌記者の千野信浩さんに聞く)

   大学は、学生の親や企業、社会からの要請にどこまで耳を傾けているだろうか。そしてその要請に応えようと努力しているのか。週刊誌記者の千野信浩さんに、「大学ランキング」から見た大学の「実像」を聞いた。

大学は「いい話しかしない」

「東大が学部を廃止し、大学院に特化すれば、大学界の大刷新が起きますが、実現性はなさそうです」と話す千野信浩さん
「東大が学部を廃止し、大学院に特化すれば、大学界の大刷新が起きますが、実現性はなさそうです」と話す千野信浩さん

――大学を評価するランキングには、論文引用数や各資格試験の合格者数、研究費など様々な視点があります。一番関心が高いランキングは何でしょうか。

千野   もう15年以上前ですが、企業の人事部長に大学の評価を聞いてランキングにする企画を始めました。当時は大学に関するデータらしいデータは公開されず、評価しようにも評価しようがない状況でした。入試の際の偏差値がすべて、といった感じでした。そこでやむなく、大学外部からの視点での評価、ランキングを考えたのです。
   人事部長を選んだのは、新入社員の採用というシビアな視点が必要とされる場で長年学生を見続けた彼らの話が説得力を持つと思ったからです。あくまで「採用したい学生に出会う確率」であって、出身大学即優秀さの証明ではありません。記事は好評で、狙いは当たっていたと思います。その後、似たような企画をよく見かけるようにもなりました。
   大学をちゃんと評価するにはどうすればいいのか、新しい方法がないかと今でも考えています。しかし、数値化できない話も多く、これという軸が思い浮かびません。

――ランキングによって大学は変わりましたか。

千野   受験界からの評価しか知らなかった大学にとっては相当インパクトがあったようです。でも徐々に、社会との関わりについても大学は関心を持つようになっていったように思います。いまでは財務諸表や事業計画書なども公開するようになり、経営的な面でも以前に比べればはるかに「大学の姿」が見えるようにはなってきました。また、ほかでも自分たちの中身を積極的に知らせようとする姿勢も出てきました。もっとも、何を知らせようとしているか、については問題がありますが。

――どんな問題ですか。

千野   いい話しかしないことです。こんな素晴らしい学生がいる、と。確かにどんな大学でも上位5%の学生は、優秀だったり人間的魅力もあったりするでしょう。しかし、問題なのは平均的な学生の質です。学生の親たちや企業、社会が知りたいのはだいたいの平均像であって、トップ5%の話ではありません。大学側が自分たち自身を知ろうとしない、そこから目を背けているという気すらします。

数学勉強した学生は、論理的に積み上げていく力がある

――ランキング取材の中で、「勝ち組」の共通点が何か見えて来ましたか。

千野   入試の偏差値とかなり相関関係はありますが、学校の伝統、校風が確立されているところの評価が高い傾向にあります。OBを含めて、学生たちは周囲に刺激されていろんなことに関心を持つようになるものです。例えば慶応から400人もの公認会計士試験合格者が出るとか、東大で天下国家を真剣に語るようになるとか、そういう環境に身を置いていることが、何かしら学生が向上していくきっかけになるのです。
   大学は新しいカリキュラムの導入とか、新たな学部学科のコンセプトなどは懸命に宣伝しますが、それがどんな実績を挙げているのか、についてはほとんど口をつぐんでいます。

――しかし、偏差値が高くなくても評価が高い大学も一部あるようです。こうした大学に共通する点は何でしょうか。

千野   偏差値はともかく、やはり「伝統の力がある」「校風を持っている」という点は変わりません。それに、規模が小さく小回りがきく方が、大学運営に生かせるようです。大都市圏が有利ですが、地域密着型で高評価の大学もあります。
   会社にたとえて考えると、ほとんどの大学は工場長のような立場の教授たちが教授会という絶対権力を持っています。そんな会社がうまくいくはずがありません。営業や経営企画にあたるような事務方やトップの理事長が大学を引っ張る力を持っている所は、変革する力があり、ニーズを汲んだカリキュラムの作成などが可能となってきます。そんな学校ならば、注目度が高まる改革を実行し、ひいては偏差値の上昇などにつながっていくでしょう。ただし、そういう大学はごく少数です。

――ほかにも問題点があるようですね。

千野   あまり語られることがないのが不思議なのですが、私立大学の入試システムが日本の教育を歪める最大の原因だとすら思っています。学生に人気のない数学を多くの入試で不要としてしまっていることです。入学した後必要になるはずの経済学部系ですら数学力を問わない私立のリーダー校があります。ここに影響され、ほかの大学も数学が苦手だという学生の「ニーズ」を取り入れ、数学なしの入試にしてしまいました。これは高校にも中学にも影響を与え続けてきました。
   経済学部系だけにとどまる問題ではありません。話を聞いたある私立大の歴史の先生は、「論文を見れば数学をやってきた学生かそうでないか、一発で分かる」と話していました。数学を勉強してきた学生は、論理的にものごとを積み上げていく習慣がついている、という訳です。企業側に根強い旧国立大人気には、文科系でも数学をやってきたか、論理的にものごとを考える素地があるか、理科系でも歴史や国語の素養があるのかが明らかに影響しています。

――柔軟な改革ができない大学は、今後つぶれていくのでしょうか。

千野   負け組になるのは間違いありません。ただ、5、6年前から少子化で大学がつぶれる、つぶれると言われ続けていますが、意外と何とかなっています。財務状況を文科省にチェックされ、無茶はあまりできないことが影響しているのかもしれません。ある層以下の学校は、名前は大学だけど教育の内実は専門学校化することで、生き残っていくことになるのではないでしょうか。

千野 信浩さん プロフィール
    ちの のぶひろ 1961年、熊本生まれ。広島大学総合科学部卒。週刊誌記者として教育分野の取材などに長く携わっており、大学ランキングものの第一人者として知られる。著書に「できる会社の社是・社訓」(新潮新書)、「図書館を使い倒す! ネットではできない資料探しの『技』と『コツ』」(同)がある。