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交付金年々減少 国立大はやっていけるのか 
(連載「大学崩壊」第9回/野村證券・片山英治さんに聞く)

   少子化で大学の授業料収入が、国の財政難で補助金がそれぞれ減少し、大学経営はますます難しくなっている。さらに、04年度から法人化された国立大学については、09年度予算で、これまでにも年に1%ずつ削減されてきている運営費交付金の削減幅を拡大するかどうかが大きな焦点となった。このため、大学は資産運用や寄付募集等外部資金の活用に活路を見いだそうとしている。今後はどうなるのか。大学の財務基盤について研究している野村證券法人企画部主任研究員の片山英治さんに聞いた。

――まず、国立大学と私立大学の事業構造の違いについて教えてください。

片山:大学によって異なるのですが、東大などでは国からの運営費交付金が経常収益の4割前後を占めています。それに加えて授業料収入が1割余、総合大学では病院収入が2~3割とそれなりのウエイトを占めます。一方、教育系等の単科大学では運営費交付金や授業料収入の占める割合が高くなります。いずれにせよ、2004年の法人化前後で、自己収入の割合が徐々に高まりつつあるとはいえ、公財政支出に依存する収入構造自体は大きく変わっていません。
   一方、07年度でみても、私立大学では医科歯科系の大学とそれ以外の大学では、収入構造が大きく違います。医科歯科系以外だと7~8割が授業料・手数料収入で、補助金は1割程度となっています。

人件費削らざるを得ないところも出てくる

大学での資産運用のあり方について語る片山英治・野村證券法人企画部主任研究員
大学での資産運用のあり方について語る片山英治・野村證券法人企画部主任研究員

――国立特有の事情として、04年以降、運営費交付金が年に1%ずつ減らされていることがあります。

片山: 国の財政状況の悪化を背景に、高等教育機関に対する財政的支援全体の金額も減ってきています。また、教育研究の成果などに応じて資金を配分する「競争的・重点的資金配分」が進みつつある傾向もうかがえます。

――実際に、現場で支障などは出ていないのでしょうか。

片山:影響は出ていますね。「1%ずつ」という「国立大学全体での減額幅」に目が行きがちなのですが、国立大学の中でも単科系大学の方が影響は大きいのです。中には、人件費を削らざるを得ないところも出ています。国立大学については、05年度を基準にして、2010年度までの5年間で5パーセントの総人件費の削減が義務付けられています。

――国立大学の中でも、格差は出ていますか? 例えば「病院を持っている大学はリッチ」といったことはありますか?

片山:「国立大学財務経営センター」という機関が詳しい分析を行っていますが、確かに格差は広がっていますね。ただ、外部資金をどれだけ獲得しているかで、大きく状況は変わってきます。国立大学の病院について言えば、赤字の病院も少なくありません。

――財務相の諮問機関が、08年に「国立大の授業料を私立大並に引き上げると、5200億円がしぼり出せる」という提言を出しました。仮にこれが実現に移された場合、どのような影響があるのでしょうか。

片山:重要なのは、国立大学と私立大学を高等教育システム全体の中でどのように位置づけるかです。学費の設定については、経営の安定うんぬん以前に、そもそも各教育機関に教育研究等の側面で「どのような役割を有するべきか」についての議論を十分に行った上で検討すべきです。国立大学の交付金の水準を議論する際には、慎重な検討が必要です。
   もともと、高等教育機関の経営効率化は難しい。大学の支出で最も大きい項目は、国立でも私立でも人件費。教育研究を担っているのは教員ですので、これは当然です。経営を効率化するだけなら話は簡単で、例えば教員あたりの学生の数を2倍にすれば、経営効率は2倍になる。でも、それをやると教育の質が低下してしまう。そこが難しいところなんです。経費削減を試みる際に「きちんと電気を消す」といった間接経費から手をつけるのは、そのためです。

寄付など外部資金の導入が必要

――野村證券が東京大学大学総合教育研究センターと行っている、大学の財務基盤をテーマにした研究によると、「米国の大学の永続性は寄付で支えられている」部分が大きいようです。

片山: 米国の大学生の8割は州立大学に通っています。この州立大学の収入構造自体は、日本とあまり大きな違いはありません。ただ、1970年代までは、米国の州立大も州から比較的潤沢に補助金を受け取っていたんです。ところが、1980年代になって、貿易赤字・財政赤字の「双子の赤字」が表面化する中で大学向け補助金は大きくカットされました。
   カリフォルニア大学(UC)バークレー校を例に取ると、1978年時点では補助金が過半数を占めていましたが、最近では3割を切っています。補助金の大幅カットを受けて、米国の大学は2つの手を打ちました。一つが、企業からお金をもらう「産学連携」。二つ目が、寄付募集の拡充。ですから、1980年代に米国の州立大学が直面した環境変化と今の日本の国立大学の置かれた状況は、かなり似ていると言えるのではないでしょうか。

――寄付募集をはじめとする外部資金の導入を進めていくことが、今後の国立大学には必要だということですね。

片山:「寄付の獲得先として企業に依存している」「中長期的なビジョンで寄付募集ができていない」など問題点は様々ありますが、一番欠けているのは、寄付者とのコミュニケーションです。米国では「ドナー・ドリブン」(寄付者の意思を尊重した募集)か「ニーズ・ドリブン」(大学側のニーズを前面に出した募集)という言われ方があります。寄付者には「大学側にこういう目的に自分の寄付を使って欲しい」という意思があるので、ドナー・ドリブン型の募集が望ましいといわれています。本来ならば寄付者の意思と大学側のニーズをすりあわせるという作業が必要なのですが、日本の大学を見るとニーズ・ドリブンのケースが多い気がします。今後は寄付者の意志を尊重すべく、コミュニケーションを多用した募集が重要になってくるのではないでしょうか。

――米国の大学では、寄付募集以外にも、資産運用が盛んだとも聞きます。

片山: 米国でも、今回の金融経済危機に伴い足元で基金の運用益が大きく落ち込んでいるのは事実ですが、「大学の永続性をお金の面から支えるためには基金(ファンド)が必要だ」と米国の大学は信じています。それで、基金向けの寄付募集を行い、基金の資金をもとに資産運用を熱心に行っているんです。そして、運用益は経済的に学費を払うのが困難な学生や優秀な学生を対象とした奨学金等の学生支援や教育研究の支援にあてられています。
   日本の国立大学でも04年の法人化の際に「特別会計」が廃止されたことに伴い、米国と同様の「基金」を作ろうという動きが活発化しています。しかし、基金は、国立大学の会計上想定されていた概念ではないので、今でも位置づけは必ずしも明確ではありません。この点、議論をしていく必要があります。
   国内の大学の資産運用については、運用の目的が明確にされていないのが問題だと思います。これまでの議論でも「安全確実な運用が必要」といった「手段」に着目した議論は多いのですが、目的についての議論が十分になされていないのではないでしょうか。
   目的が明確になれば、「どの程度運用収益が必要か」も明らかになり、「何%の利回りが必要」という運用目標も明らかになります。その上で初めて「こういう商品があるが、これはリスクが高いのでやめよう」という議論が可能になるはずです。目的を抜きにして、「これは安全だ、危険だ」という議論をしても、あまり意味はありません。
   運用益の活用例としては、早稲田大学の「創立125周年記念奨学金制度」があります。これは給付型の奨学金ですので、学生は返済の必要がありません。原資は資産運用収益の一部で、毎年6億円。この取り組みは、事業報告書や決算書にも記載されています。
   大学の本業は教育研究であり、資産運用ではありません。だからといって、代替財源の議論を抜きにして運用をやめればいい、安全確実な運用に限定すればいいというのも極端な議論です。ですから、運用を行う目的を学内外の関係者に明確にするとともに、学内のルールや管理体制を整備し、説明責任や透明性を確保するという取り組みが不可欠でしょう。

片山英治さん プロフィール
かたやま えいじ 野村證券法人企画部主任研究員。1967年鹿児島県生まれ。1990年京都大学経済学部卒業、野村総合研究所入社。資本市場研究部等を経て2004年に野村證券に転籍、現在に至る。06年9月より東京大学大学総合教育研究センター共同研究員を兼任。大阪市公立大学法人評価委員会委員。文部科学省07-08年度先導的大学改革推進委託事業「大学の資金調達・運用に関わる学内ルール・学内体制の在り方に関する調査研究」共同研究者。報告書は、東京大学大学総合教育研究センターのウェブサイト(http://www.he.u-tokyo.ac.jp/)から全文をダウンロードすることができる。