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「東洋のガラパゴス」に北米産トカゲがウヨウヨ 小笠原諸島「世界遺産」の前途多難

   小笠原諸島(東京都小笠原村)が2011年6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第35回世界遺産委員会で世界自然遺産に決まった。日本では白神山地(青森、秋田県)、屋久島(鹿児島県)、知床(北海道)に続き4か所目だ。

   都心から約1000キロ南の太平洋上にある小笠原諸島は、世界的にも貴重な動植物が多い。それだけに今回の自然遺産登録決定では自然保護のさらなる徹底が求められている。長年、空港建設問題でもめているが、観光開発はどうなるのだろうか。

カタツムリマニアにはたまらない

   小笠原諸島は南北約400キロに及ぶ大小30の島々で構成される。登録地は、父島、母島の居住地域や自衛隊基地がある硫黄島などを除き、陸域、海域を合わせて7940ヘクタール。

   大陸と地続きになったことのない「海洋島」で、ダーウィンの進化論の舞台となったガラパゴス諸島(エクアドル)と共通することから、動植物が独自の進化を遂げ、「進化の実験場」「東洋のガラパゴス」と呼ばれる。小笠原でしか見られない固有種は、植物441種中161種(36%)、昆虫1380種中379種(27%)にのぼる。なかでもユネスコが、貴重さを示す具体例として高く評価したのがカタツムリの仲間、陸産貝類で、106種のうち100種(94%)が固有種で、面積が約100倍のガラパゴスより種数が多く、絶滅率は22%と低い。

   登録に当たり、ユネスコからは「外来種対策の継続」「注意深い観光管理」が強く求められた。

   小笠原諸島は、これまでの国内の自然遺産とは大きく異なる歴史を持つ。約180年前のハワイや日本からの入植以降、捕鯨船や遠洋航路などの寄港地にもなり、人や物の往来で諸外国からさまざまな動植物が持ち込まれ、本来の小笠原の生態系は危機に直面しているのだ。

   例えば北米原産のトカゲ「グリーンアノール」は父島と母島で数百万匹が生息していると推測され、オガサワライトトンボやオガサワラシジミといった固有の希少昆虫を食い荒らす。環境省などは2006年から粘着シートやネットを使ったわなでの捕獲に取り組む。家畜やペットとして持ち込まれ、野生化したヤギやネコなどによる食害も深刻だ。

   生態系に組み込まれた外来種はやみくもに駆除すれば済むという単純な話ではない。弟島ではカタツムリを食べる野生化したブタの駆除を進めたところ、ブタが好む外来種のウシガエルが増えて固有種のトンボの絶滅懸念が浮上した。

   こうした問題も考慮しながら、外来種対策が練られているが、その大きな柱が外来種持ち込みを水際で防ぐための検疫。島に入ると、所々に柵や、「靴底のドロ落とし」を呼びかける看板などが設けられている。父島の絶滅危惧種「アカガシラカラスバト」保護地域では、2003年から観察用の指定ルートが整備され、保護とエコツアーの両立の取り組みが進むが、入り口では粘着テープつきのローラーで服についた外部の草木の種を取ることを義務付けている。

島民の賛否が分かれる空港建設

   多くの島民は、世界遺産指定の取り組みを通じ、こうした保護の取り組みを当然と受け止めているが、一方で、唯一の産業ともいえる観光への期待は大きい。そこでポイントになるのが空港建設問題だ。

   島への交通手段は、東京・竹芝桟橋と父島を結ぶ大型客船「おがさわら丸」(定員約1050人)だ。年末年始などを除き、6日に1便で、片道25時間半。母島へはさらに船を乗り継いで2時間かかる。食料など住民の生活物資も、おがさわら丸だけが運ぶ。もちろん、観光客も、豪華客船がクルージングで立ち寄るなどを除くと、この船便だけ。

   地元では地域振興や医療・福祉体制への不安から空路開設を求める声も根強い。空港建設計画は、本土復帰20年の1988年に都が打ち出したが、父島に隣接する兄島の候補地で希少生物が見つかり、膨大な建設費もネックになって計画は撤回され、超高速艇計画も採算が見込めないとして頓挫。現在は、世界遺産の範囲外の父島西部・洲崎地区に残る旧軍の500メートル滑走路跡が候補とされている。

   島民の間で賛否は割れている。自然に惹かれて移住した「新住民」を中心に「自然破壊が進む」との懸念の声が聞かれる一方、観光関連、サービス業など商工関係者を中心に空港建設待望論が多い。また、島生まれの人など、医療への不安を抱える高齢者を中心に、空港に期待する住民も少なくない。

   石原慎太郎東京都知事は、「素晴らしい自然を見に行くなら飛行機で行って見てすぐ帰ってくることもない」と述べ、建設に消極的な姿勢を示す。

   自然遺産の先輩であるガラパゴスは、観光客の急増と外来種対策の遅れにより、一時は「遺産」継続も危ぶまれる事態に陥った。小笠原が、空港を作っても大丈夫と、誰もが認めるような自然との共生に向けたルールを作り、それを実践できるか。空港問題の行方は、その一点にかかっている。