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編集長からの手紙
ジェイ・キャスト創業16年で考える ウンベルト・エーコの予言はSNSの希望と問題点を示唆していた

   ジェイ・キャストは株式会社として創業して2013年8月25日で16周年を迎えた。創業理念は「メディアには、それにふさわしいコンテンツがある」だ。新聞には新聞の、テレビにはテレビのコンテンツがあるように、新しいメディアであるインターネットにも、それにふさわしいコンテンツがあると考えた。その実現に向けて始めたのがJ-CASTニュースで、これは7月に7周年を迎えた。

   創業の1997年はネット世界の黎明期。Windows 95が売れたが、ヤフーの利用者調査では同年のネット人口はまだ527万人、男女の比率が男性87%、女性13%(96年9月)だった。水道橋博士が週刊文春に連載しているコラムによると、ビートたけしが宴席で「おい、キッド!今、流行ってる『インターネット』買ってこい!」と沸かせたという年である。この男女比率は縮まり2005年にはほぼ同率となる。ブロードバンドが普及を始めた時期だ。そして今は、スマホの成長期である。Twitter、Facebookなど、新顔のネットサービスも急増殖している。

   創業のころ、将来のネット成長はおぼろげに描けたが、現在の広がりと影響力は予想をはるかに超えている。それによって起きている弊害、社会問題への危惧は、当時はネットが描く未来の夢に打ち消されていた。

   季刊誌「本とコンピュータ」1999年冬号が「本vsコンピュータはニセの対立だ」と題する記事を掲載した。イタリアの記号学者で、小説「薔薇の名前」の作家として知られるウンベルト・エーコが書いた国際学会の報告書のあとがきを引用したものだ。学会のテーマは「本の未来」、サンマリノで開催されたのが1994年7月だから、ネットがまだ限定された世界でしか使われていない時期である。今読んでみると、ネット社会の未来像を見事に予測している。電子書籍の将来を占うのにも参考になる。

   エーコは本を2種類に分けて考える。百科事典やマニュアルのような「参考図書」、小説などの創造性のある「通読図書」である。そして、「参考図書」は新しい技術によって時代遅れになるのは確実だと指摘した。まさに、今その状態にある。

   では、「通読図書」はどうか。「思考することは内的な行為であって、真の思考者は自分の代わりに書物が考えることはけっして許さないだろう」「書物は記憶をためし高めるものであって、麻痺させるものではありません」(和田忠彦訳より)と、本の機能、存在意義を強調していた。「ワープロが森林保護に寄与するなどは希望的観測でしかなかった(中略)書物こそ存在しないが、未製本の紙の束を何トンも抱えこむような文化の到来が想像される」というエーコの皮肉な予言は、その通り実現してしまった。

   難しく書いてしまったが、要はコンテンツがそのメディアにふさわしければ生き残るということである。ネットコンテンツも、「参考情報」だけではなく、「通読情報」を提供できなければ、新しい技術の中で生き残れない。

   エーコはインターネットに対しては楽観的だった。「孤独な精神同士が一対一でつながるネットワークではなくて、相互に影響しあう真の共同体を作ることができるかもしれない」と期待した。最近のソシアル・ネットワーキング・サービス(SNS)をまるで予測したような発言だ。ただし、これが人々を非仮想的現実へと引き戻すことができるとすれば、という。ネットが生身の人間、現実の社会にプラスとなるのか。そこは今、ネット社会の最大の問題かもしれない。

株式会社ジェイ・キャスト代表取締役、J-CASTニュース発行人 蜷川真夫