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富士山滑落犠牲者の遺族が静岡市を訴える 冬山でのヘリ救助失敗は消防の「過失」か

   2013年12月に富士山頂付近で起きた滑落事故で、静岡市消防航空隊のヘリコプターによる救助活動に過失があったとして、事故後に死亡が確認された男性の遺族が静岡市を相手取って9169万7100円の損害賠償を求める訴訟を京都地裁に起こした。

   今回のケースは、「万全な準備をしない登山者の登山が『禁止』」されている冬の富士登山での事故で、救出活動はきわめて過酷な環境で行われた。市消防局の調査委員会は「隊員に過失はなかった」と結論付けており、裁判所が市側の過失を認定するかどうかが注目される。

  • 登山道が閉鎖される冬の富士登山はリスクが高い(写真はイメージ)
    登山道が閉鎖される冬の富士登山はリスクが高い(写真はイメージ)
  • 登山道が閉鎖される冬の富士登山はリスクが高い(写真はイメージ)

死因は胸や頭を打ったことによる損傷と寒冷死

   2013年12月1日、富士山御殿場口登山道9.5合目付近(標高約3500メートル)で京都府勤労者山岳連盟(京都市)のメンバー4人が滑落し、そのうち重傷を負っていた京都府立の特別支援学校の男性教諭(当時55)を静岡市のヘリが救助しようとした。

   静岡市側の説明によると、隊員が男性をヘリに収容する直前で男性をつり上げるための器具が外れ、隊員が男性のえりや体をつかんだ状態でヘリの高度を下げて地上に降ろそうとしたが、隊員が力尽きて地上約3メートルの高さから男性が落下した。再び男性の救助を試みたが、気候が安定していないことや隊員の体力の消耗が激しかったため断念した。

   翌12月2日に県警の救助隊が男性を発見したがすでに心肺停止の状態で、後に死亡が確認された。県警は司法解剖の結果、死因は胸や頭を打ったことによる損傷と寒冷死だったと発表している。

   この救助失敗が「ミス」だったのではないかという指摘も相次いだため、消防局の調査委員会が救助に当たった隊員2人への聞き取りや再現実験を行い、検証を進めてきた。14年3月に発表した調査結果では、「隊員に過失はなかった」と結論付けた。

   調査結果によると、男性は発見時に胸から下に寝袋型の防寒シートを着用していた。ヘリが男性を救助しようとした際、防寒シートで固定された両脚と分厚い登山靴がヘリの脚に引っかかったが、隊員がそれに気づかずに男性を引き上げようとしたために男性の両脇から救命用具が外れた可能性が高いとみている。

富士山の9.5合目付近の活動は訓練含めて初めて

   静岡市消防航空隊は南アルプスで3000メートル級の救助活動に対応できるような訓練を積んでいるものの、富士山の9.5合目付近で活動するのは訓練を含めて今回が初めて。救助にあたった隊員は調査に対して

「自分の体が急に動かなくなった」

と話しており、低酸素症の状態で救助に臨んだ可能性もある。

   調査結果発表の時点で市側は男性の遺族と面会できておらず、遺族はそのことも含めて市側への不信感を募らせたようだ。遺族は15年12月1日付で提訴し、訴状が16年1月6日に市に届いた。市は提訴の事実を1月8日に発表した。

   静岡市の消防総務課の説明によると、訴状で原告側は(1)救助器具の装着方法に問題があった(2)男性をヘリに収容する際の確認が不十分だった(3)落下後も救助を継続すべきだった、などと主張している模様だ。

ガイドラインは「万全な準備をしない登山者の夏山期間以外の登山は『禁止』」

   静岡市の田辺信宏市長は

「今回このような訴訟が提起されたことは誠に遺憾です。消防職員はでき得る限りの救助活動を行ったものと認識しています。今後、訴訟には適切に対応してまいります」

とのコメントを出し、事実上争う姿勢だ。

   環境省や山梨県、静岡県などでつくる「富士山における適正利用推進協議会」が13年に策定したガイドラインでは、「万全な準備をしない登山者の夏山期間以外の登山『禁止』」をうたっている。それ以前は「自粛」を求めるにとどめていたが、不慣れな登山者による事故が後を絶たないため、表現を強めた。ガイドラインに法的拘束力はないが、それでも夏以外に登山する場合は「登山計画書」を提出することを求めている。それに加えて、夏以外はトイレが閉鎖されているため携帯トイレを持参して排泄物を回収して持ち帰ることも求めている。

   協議会のまとめによると、富士登山では14年には80人が遭難し、10人が死亡している。そのうち夏山期間以外では19人が遭難し、6人が死亡している。冬の方が、遭難後に死に至る確率が格段に高いことが分かる。

   第1回口頭弁論は2月5日に開かれる。こういった前提のもとで、どこが市の「過失」にあたるかについて争われることになりそうだ。