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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
スーパーボウルCMに見る米国企業の「意思」

   「今日(2017年2月5日)は政治的な立場を忘れ、心をひとつにしてスーパーボウルを楽しみましょう。United States of Americaですから」。米ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の優勝決定戦。その朝、スーパーボウルを全米中継するFOXのキャスターが、「ユナイテッド(団結した)」を強調し、こう話していた。

   地元のチームがプレイするならともかく、スーパーボウルに関心がないという人も珍しくはないが、ニューイングランド・ペイトリオッツの歴史的な大逆転は、見る人の心をひとつにした。しかし、合間に流された数々のCMは、「政治的メッセージ」と捉えた人も多く、意見が激しく対立した。

  • 2月5日のスーパーボウルの実況を見るために、NYのスポーツバーには多くの人が集まった
    2月5日のスーパーボウルの実況を見るために、NYのスポーツバーには多くの人が集まった
  • 2月5日のスーパーボウルの実況を見るために、NYのスポーツバーには多くの人が集まった
  • 「バドワイザー」のCMの一場面
  • 「エアビーアンドビー」のCMの一場面

FOXが拒否した「壁」の映像

   なかでも大きな物議をかもしたのが、建設資材チェーン「84 ランバー」のCMだ。中南米系の母娘が故郷を去り、米国境へたどり着くが、目の前に壁が立ちはだかる。娘が道中で拾い集めたビニールの端切れで作った星条旗を、母親に見せる。と、壁に巨大な扉があることに気づく。扉を押し、光の差す新天地へと入っていく。トラックで木材が運ばれる場面などもあり、扉は同社の建材で作られたとも受け取られる。

   最後に映し出される文字は、「THE WILL TO SUCCEED IS ALWAYS WELCOME HERE.(成功したいという意志をいつでも歓迎します)」。

   FOXが「政治色が濃すぎる」と放送を拒否したため、当日は前半だけが流され、「続きは当社のサイトで」と誘導した。すると、国境を越えようとする母娘の結末を知りたいとアクセスが殺到し、同社のサイトがクラッシュした。

「移民」をめぐり、真っ向から対立する評価

   「移民の側に立った、素晴らしい作品」、「泣きながら見た」、「トランプの壁建設に真っ向から反対する勇気に、拍手を送る」などと称賛する声があがった一方で、トランプ大統領の移民政策支持派からは、「ここまでして、自分の会社をPRしたいのか」、「不法移民を美化するな」、「安い賃金で不法移民を雇うのが、CMの目的だろう」と厳しい批判にさらされた。

   同社からの2万5千ドルの請求書の写真をツイッターに載せ、「不法移民に、我々の法律を犯すよう推奨するCMだ。注文をキャンセルする」と、同社製品のボイコットを呼びかけた人もいる。

   同社代表は後日、インタビューで、「あの壁の巨大な扉は、トランプ大統領がキャンペーン中に『壁には大きくて美しい扉を作る』と繰り返し発言したもの。自分はトランプ氏を支持している」と語り、ツイッターなどに次の内容の声明を発表した。

「新しい機会を求め、努力する人を称えるものだ。大統領が壁を作りたいのであれば、壁には合法的に入国する人たちに開かれた扉があってほしい。出身がどこであろうと、わが社はそういう人たちを求めている。それがあなたであるなら、私たちの扉は開かれている」

   同社を支持する人たちは、「あの扉は、合法な入国のシンボルだ」と擁護するが、反対派は「あの映像のどこに合法性が見られるのか。だったら、きちんと手続きして入国するところを映せ」と主張する。

バドワイザー、コカ・コーラに不買運動も

   ビールの最大手「バドワイザー」のCMは、ドイツ移民である同社の創業者が苦境を乗り越えてアメリカンドリームを実現する話を、ドラマ仕立てにしたもの。若くしてビール作りの夢を抱き、過酷な船旅の末、アメリカにたどり着くものの、「国に帰れ」とののしられる場面がある。

   「決して夢をあきらめない不屈の精神。これがまさにアメリカだ。映画を見ているようで、心に深く訴える」と多くの人の共感を得た一方で、これもトランプ大統領の移民政策に対する批判と受け取られた。

   民泊仲介サイト「エアビーアンドビー」は、さまざまな人種、民族の顔を写し、「あなたが誰であれ、どこの出身であれ、誰を愛し、そして何を信仰しようが、私たちは皆、同じ人類です」という文章を流した。「コカ・コーラ」は、愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル」を多言語で流した。これは2014年のスーパーボウルでも放送され、「トランプ政権の移民政策とは無関係だ」としているが、両社ともトランプ支持派の一部の反発を買った。

   トランプ支持派は、「スーパーボウルに政治を持ち込むな」、「このタイミングで平等、移民などのメッセージを送るのは、トランプ政権に対する侮辱だ」とし、84 ランバーだけでなく、バドワイザーやコカ・コーラ、エアビーアンドビー、ティファニーなど、スーパーボウルのCMスポンサーに対する不買運動を呼びかけた。ハーフタイムでトランプに批判的なレディ・ガガが登場したことで、ガガやNFLをボイコットする動きまで起きた。

   反撃が反撃を呼ぶ。バドワイザーのボイコットを呼びかけるハッシュタグの一部が、「Budweiser」ではなく「Budwiser」となっていたことで、反トランプ派は、「スペルもわからないようじゃ、ボイコットもできないだろう」と揶揄する。

   不買運動が起きている企業のフェイスブックなどには、支持する人たちからの声も殺到している。

   「これからはバドワイザーを応援するために、飲むことにするよ」という男性もいれば、「84 ランバーの製品は、私の地元ではどこで買えますか」といった問い合わせもある。

   大逆転で劇的な幕切れとなったスーパーボウルの試合と違い、移民政策の是非をめぐる攻防は終わりが見えない。(随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社 のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓 を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1 弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法 の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育 事情」(ともに岩波新書)などがある。