2024年 4月 25日 (木)

両陛下はなぜ「水俣病胎児性患者」と面会したか 故・石牟礼道子さんと美智子皇后の「秘話」

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   2018年2月10日に亡くなった石牟礼道子さんは、水俣病に関心を持つ多くの人と深く交流した。美智子皇后もその一人だった。

   天皇・皇后両陛下が水俣に行ったとき、極秘裏に胎児性患者と面会したことがあるが、それは石牟礼さんの願いが実ったものだった。

  • 著書「石牟礼道子―椿の海の記」より
    著書「石牟礼道子―椿の海の記」より
  • 著書「石牟礼道子―椿の海の記」より

「絶対に極秘」直前まで患者にも知らされなかった

   2013年10月27日、天皇皇后両陛下はそろって初めて水俣を訪問した。「全国豊かな海づくり大会」に出席するためだった。スケジュールは事前に公表されていたが、予定にない「面会」があった。両陛下に会ったのは、金子雄二さんと加賀田清子さん。ともに水俣病の胎児性患者で58歳。二人が過ごす福祉法人「ほっとはうす」の施設長、加藤タケ子さんだけが立ち会った。

   胎児性患者は、「水俣病のまま生まれてきた赤ちゃん」ともいわれる。母親の胎盤を通った水銀で被害を受け、言語障害や運動失調など様々な症状を抱える。すでに亡くなった人も少なくない。存命の人もたいがい療養施設やケアホームで暮らす。水俣病患者の中でも最も悲惨な例として知られる。

   「石牟礼さんから熱心にすすめられて、皇后陛下が胎児性患者にお会いしたいという強いお気持ちをお持ちです」――そんな急ぎの連絡が、県から施設長の加藤さんにあったのは両陛下が水俣を訪問する前日の朝だった。すべて絶対に極秘、と言われた。直前まで、実際に面会する金子さんと加賀田さんにも教えることができなかった。当日、面会会場の環境センター応接室に着くと、すでに両陛下が二人だけで座っていた。金子さんと加賀田さんは車いす。加藤さんが立ったままでいると、陛下から「どうぞお座りください」と正面の椅子をすすめられた・・・。大宅賞受賞のノンフィクション作家、高山文彦さんは著書『ふたり――皇后美智子と石牟礼道子』(講談社)でその様子を克明に再現している。

   この面会が実現する少し前の7月、石牟礼さんは東京・山の上ホテルで開かれた社会学者の鶴見和子さん(1918~2006)をしのぶ会に出かけた。米国の大学や大学院で哲学などを学んだ鶴見さんは日本を代表する社会学者で、石牟礼さんとは共著も出している。その会には美智子さまも出席されていた。車いすの石牟礼さんは皇后の隣の席を用意され、2時間ほど親しく話した。「こんど(豊かな海づくり大会で)水俣に行きます」ということを直に聞いた石牟礼さんは、後日、「胎児性水俣病の人たちに、ぜひお会いください」と手紙を書いた。「この人たちは、もうすっかり大人になりまして、五十歳をとっくに越えております。多少見かけは変わっておりますが、表情はまだ少年少女です・・・」

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