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國學院大職員有志が学生向けに「読書案内本」 池上彰、池井戸潤ら著名人109人が1冊ずつ推薦

   学生の読書離れに歯止めをかけよう――國學院大學(本部・東京都渋谷区)職員有志らの運動がキャンパス内外で注目されている。学内に2017年、読書スペースを設けたのに続き、著名人109人が登場する「読書案内本」を制作。出版関係者が驚くするほどの出来栄えで、18年4月に刊行された。

  • みちのきちプロジェクトのメンバー 鈴木一匡さん
    みちのきちプロジェクトのメンバー 鈴木一匡さん
  • みちのきちプロジェクトのメンバー 鈴木一匡さん

プロジェクト推進した職員有志らに聞く

   書籍は『みちのきち 私の一冊』(弘文堂)。各界の著名人109人の「思い入れの深い一冊」を集めたものだ。発売後まもなく増刷がかかった。関連のイベントも進行中だ。とびらを開いた目次には、ジャーナリストの池上彰さん、映画化され上映中の「空飛ぶタイヤ」や「陸王」「下町ロケット」などで知られる作家、池井戸潤さんや、東京都の小池百合子知事の名前が見える。

   一連の活動は「みちのきち」と名付けられている。「未知のことを既知に変える基地」という意味を込めている。プロジェクトがスタートしたのは2016年5月。学内の会議で石井研士副学長から、学生に読書を促すための提案を求める発言があり、10人ほどの職員有志が動きだした。すでに学内調査で、学生の読書離れが思った以上に進んでいることが判明。「マンガや雑誌を除く1週間の読書時間ゼロ」という学生が3割超を占めたことの衝撃が大きかったという。

   第1弾として実を結んだのが、読書スペース「みちのきち」の設置。渋谷キャンパス正門の向かい側にある「学術メディアセンター」に、プロジェクト発足1年後の17年4月に誕生した。同センターには図書館があるが、それとは別仕立てで、カフェに隣接したオープンラウンジ。「食べる」「ものがたり」「日常」など7つの選書テーマを設定し約800冊を備えている。プロジェクトを推進した職員有志の一人、財務部の篠田隆行経理課長によると、蔵書は学生らに興味を聞きながらそろえたが、中には読書が大切といわれても、そもそも何を読んでいいのか分からないという答えが少なからずあったという。

國學院大學の読書スペース「みちのきち」
國學院大學の読書スペース「みちのきち」

読書離れに歯止めかけようと

   学生たちのナマの声を聞いて分かったのは、学生らを読書の入り口まで導く手助けが必要だということ。なにしろ何を読んでいいのか分からないというのだ。そこで、プロジェクト第2弾として、読書案内の本をつくろうということになった。多種多様な分野の第一線で活躍している人が勧める本を紹介するのが良いのではと考えた。「読書スペース」が完成した1か月後からこんどは「私の一冊」制作がスタートした。

   約300人に寄稿を依頼。制作意図を説明し、報酬がないこともあらかじめことわった。意中の人から寄稿を得られなかった残念な例もあったが、それでもやむを得ない理由を添えての返信があり、あらためて人物を見直すとともに人選が確かだったことに安心し前向きな気持ちを新たにしたものだ。

   それぞれの推薦図書を見て、依頼の意図を受け止めてもらえたことが分かりスタッフは自信を深めたという。池上さんは、近年見直され評判になっている「君たちはどう生きるか」、池井戸さんは、戦争の愚かさや悲惨さを描いた名作とされる「卵をめぐる祖父の論争」を挙げた。「気合いだ」で知られる元プロレスラーのアニマル浜口さんは、トレードマークのフレーズとは趣を異にする「修身教授録 一日一言」。同書は昭和初めの高等師範の教師が自己の高め方、身の律し方を述べたものだ。

みちのきち「私の一冊」
みちのきち「私の一冊」

   これら109人分の原稿の編集・制作の作業にあたったのは6人。一人あたり50人を担当し連絡をとる。口をそろえて「大変以上の作業だった」という。109人に絞られてからも「大変」であることに変わりはなかった。書籍編集の経験者は皆無。デザイナーや出版社の担当者らと意見が合わず、泣きながら作業をすることもしばしばだったという。

   デザイナーとの折衝役を務めた財務部経理課主任、村越美里さんはその一人。原稿の長さや仕様はまちまちだったが、寄稿者の意向を大事にしたい村越さんらは、長いものは文字を小さくするなどして原稿のままを本にしようとしたのだが、それが、いわば出版の常識では受け入れがたかったようで「文字間隔のことなど分からないことを細かくいわれてもめたこともあった」と振り返る。結果的には「勉強になった」という。1冊の書籍で100人を超える著名執筆者がいた例はほとんどなく、本づくりのプロの側にも戸惑いがあったに違いない。

7月からは毎月、関連トークイベント

   本のつくりは横書きの左開きで、1人分が見開きになっており、右側に寄稿文、左側には書籍の写真を配置。書籍の写真は、いわゆる書影だけではなく、寄稿者をイメージさせる小物を合わせるなどしてスタジオで撮影する凝りよう。109人分すべてカラーで、ビジュアルも楽しめる。何かの記念品のような豪華本の装丁が存在感を増す。寄稿者索引のほか、紹介された「書名」の索引もあり、ガイドブックとしての使い道にも配慮されている。

   7月からは毎月1回のペースで寄稿者をゲストに迎えてのトークイベントを開催予定。東京・代官山蔦屋書店(渋谷区猿楽町)とのコラボによるもので、第1回は小池都知事を招いて行われる。小池都知事の推薦図書は、第二次大戦前後の日本軍について考察した『失敗の本質』。また8月以降も大物の寄稿者が登場し、読書との関わりについて語ることとなっている。

   寄稿者との交渉でプロレスラーの藤波辰爾さんを担当した経理課の鈴木一匡さんは、やりとりを通じて藤波さんの誠実さに触れたことが大切な思い出という。「こちらの意図をすぐに理解してもらい、ぜひやりたいと言っていただいた。そのスピード感は感動的だった」。『私の一冊』のなかには、藤波さんら寄稿者の誠意や熱意はもちろん、編集・制作にあたった職員らの熱い思いと寄稿者への感謝もにじんでいる。

(J-CAST「BOOKウォッチ」編集部)