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米中が貿易「チキンレース」 世界経済への影響は?

   世界の2大経済大国が制裁・報復の応酬を続ける通商摩擦は「米中貿易戦争」の様相をいよいよ強めている。トランプ米政権が2018年7月10日に新たに6000品目・2000億ドル(約22兆円)の追加関税リストを打ち出せば、中国は即座に報復を宣言。両国の産業、そして国民生活への打撃を互いに『人質』に取る「チキンレース」だが、専門家の間では金融市場への波及が金融恐慌を招きかねないとの懸念もジワリと広がっている。

   米中の制裁・報復合戦の発端は、保護貿易を公約して当選したトランプ米大統領が打ち出した輸入鉄鋼・アルミ製品への上乗せ関税が3月に発効したこと。これに対し、中国は4月に米国産の128品目計30億ドルの輸入品に追加関税を発動。米国は直ちに500億ドル相当の制裁の原案を公表、中国は大豆や航空機への報復案を公表するという具合にエスカレートしていった。ちなみに、鉄鋼・アルミは「安全保障上の脅威」を理由にしていた。

  • 世界経済への影響は?
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米国企業に対する「嫌がらせ」で対抗?

   こうした流れを受け、米国が「知的財産の侵害」を理由に、7月6日、中国から輸入する818品目計340億ドル(約3.8兆円)分に対し25%の関税を上乗せする第1弾の制裁措置を発動。第2弾の160億ドル分への制裁は7月下旬以降に発動する方針だったが、第1弾の措置に対し、中国が同規模の報復措置を打ち出したため、10日の2000億ドルの追加リスト発表となった。この対象は6031品目に及び、10%の上乗せ関税を検討。ハイテク製品が中心だった第1弾に比べ、消費者に身近な農産物や魚介類、雑貨、衣類など生活用品を幅広く含んでいる。

   米国による最初の鉄鋼などの関税上乗せは日欧同盟国を含む世界中が相手だったが、7月に入っての措置は中国狙い撃ち。日欧などとは自動車関税上乗せなどを脅し材料に、個別に交渉していくことになるが、中国とは、知的財産がメインテーマになっているように、ハイテク分野での将来の覇権争いという側面が強く、それだけ簡単に手打ちとはいきそうにないというのが、大方の見方であり、懸念だ。

   今後の行方はなかなか見通せないが、報復合戦には絶対の「天井」がある。それは貿易額だ。中国から米国への輸出は約5000億ドル。米国は最終的に、このほとんどに制裁関税をかけることも辞さない姿勢だ。逆に米国から中国への輸出は1300億ドル程度。このすべてに中国が課税しても、トランプ政権が現状で発動している2500億ドルにも届かない。輸入が多い方が制裁・報復合戦では「有利」ともいえるわけだ。

   そこで中国は、進出した米国企業に対する嫌がらせ(抜き打ち検査、許認可の遅延など)や、かつて日本に対して行ったような不買運動など「報復手段を通商以外にも拡大する」(アナリスト)との見方が有力だ。もちろん、トランプ政権が同様の手段で対抗するリスクは付きまとう。

外国為替市場への波及に懸念が強まっている

   なにより、金融市場への波及に懸念が強まっている。特に注目されているのが外国為替市場。このような場合、報復合戦が両国に打撃になるから、リスク回避のため、ドルでも人民元でもない「安全資産」とされる通貨が買われることが多い。英国の欧州連合(EU)離脱決定時などの円高は記憶に新しい。今回も円が買われるとの連想が働くところだが、現実にはドル高が進んでいる。7月第2週の円相場は1ドル=112円台前半と、半年ぶりの円安水準になった。円に限らず、新興国通貨なども軒並み売られて安くなっており、ドル独歩高の様相だ。米国経済が堅調で、制裁・報復合戦でもにわかに影響はないとの見立てだ。もちろん、米連邦準備制度理事会(FRB)が進める利上げもドル高要因だ。

   ここで特に注意を要するのが人民元の動向だ。7月第2週の元相場は1ドル=6.72元まで下落し、3日に付けた直近の安値に迫った。貿易戦争による中国経済の悪化への懸念が根底にあるが、「中国当局が輸出を下支えするために元安を容認している可能性がある」(国際金融筋)との見方もある。中国人民銀行(中央銀行)は預金準備率を0.5ポイント下げて、15.5%にし、景気への配慮を示したが、こうした対応が元安容認との見方の論拠だ。

   ただ、元相場下落が中国からの資金流出の事態にまでいくと深刻だ。2015年夏、中国当局の人民元切り下げ政策をきっかけに世界の株式市場が動揺し、特に中国からの資金流出が起こり、「人民元ショック」と呼ばれた。現在、中国は元安に加え、株安、債券安というミニ・トリプル安の状況で、金融関係者の間では「1ドル=7元が、当局が容認するライン」との見方も聞かれる。これを突破して元安が進むようなら、資金流出が深刻化する可能性もあり、3年前の再来で、世界同時株安といった形で世界経済が再び大混乱に陥る恐れもある。

   米国経済も安泰という保証はない。パウエルFRB議長は今回、7月12日のラジオ番組で「(追加関税によって)インフレ率が上昇し、景気が弱まれば、非常に困難な状況になる」と述べた。関税をかければその分、国内物価が上がり、景気が減速した場合、インフレ率を抑える金融引き締めと、景気刺激のための金融緩和という、相矛盾する政策をどう選択していくか、難しい判断を迫られるということだ。

   米中それぞれ不安をかかえての「チキンレース」の先にどのような世界経済の姿が待っているのか、目が離せない状況が延々と続きそうだ。