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山里亮太、憲法を考える(2) もしも「冤罪」で捕まったら...?

憲法学者の戸松秀典氏(左)と、J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太(南海キャンディーズ)
憲法学者の戸松秀典氏(左)と、J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太(南海キャンディーズ)

   憲法学者の戸松秀典氏とともに「憲法」を考える山里亮太J-CASTニュース名誉編集長。

   前回は第9条について掘り下げました。遠い存在に思える憲法ですが、今私たちをとりまくニュースの中にも、憲法の考え方はしばしば出てきます。

   「そもそも憲法ってなんだろう」。山里編集長が見聞きしたニュースから「憲法」の在り方を戸松先生に伺います。

憲法は知らなくても大丈夫

戸松: 「そもそも憲法って何か」と考えることは、真面目で素晴らしいことですが、私には、なぜ普通の日本の国民が「そもそも憲法とは何か」などと考えなくてはならないのか、不思議に思えます。一般国民は憲法のことを立ち入って知らなくても、日常を幸せに過ごせればよいではないかと。ただし、憲法学者や政治家は別ですよ。

山里: 知らなくていいんですか?

戸松: たとえば不合理なことが生じたときに、これは法的にはどうなのかと考えねばならないことがあるとします。そこでは、根拠となる法律や条例などの定めがあって、その先に憲法があります。法律や条例などのルールを見て、そこでしっくりこないときに、これは、憲法上どう説明できるのかと、考えねばならないことがあることは確かです。しかし、それは、通常のことではないのではないでしょうか。
山里さんもお笑い芸人として活躍されていますが、日常生活で「憲法は何か」っていうのはあまり意識しないのではないですか。

山里: 日本人だったら知って覚えるべきなのかなって思っていました。

戸松: なるほど。それは、素晴らしいお考えですが、アメリカやヨーロッパの一般人だって、聞いてみると「憲法? あーありますねー」って答えるくらいで、そもそも憲法とはこうであるなどと構えることはないといってよいといえます。そんな感じですよ。
でも、言いたいことは言える表現の自由、自分の信じたいことを信じる信教の自由があることは知っています。男女の差別も、おかしいという指摘が出てきますけど、それは「そもそも憲法とはどういうこと」というより、人間が幸せであるためにはどうすればいいか、人間を尊重するためにはどうあるべきかという考えから出てくるので、そういうところの議論をしていく方がいいわけです。
やみくもに憲法の条文を引き合いに出したり、憲法学説に依存したりする論議は、私にはどうもなじめない、不適切なことだと思っております。

山里: そうですね。では、どういうときに「憲法」って考えるんでしょうか。僕らの周りでも「憲法」って遠いものだって思っている人たちがいます。先生がおっしゃった、実は自分のこと、何気ないことの先に「憲法」があるということが分かるきっかけは。

戸松: 山里さんも出演なさったNHKのドキュメンタリー番組「逆・転・人・生」で5月に放送された「えん罪・奇跡の逆転無罪判決」は、私も見ました。あれについて、いろいろ考えさせられます。

302日間の拘留の末に......

山里: 大阪のコンビニの強盗事件の冤罪事件ですね。(編注:2012年、現場に残された指紋から、事件とは全く無関係の土井佑輔さん(当時21歳)が逮捕された。警察は過酷な取り調べと長期拘留で自白を迫り続けた。302日間の拘留ののち、無罪判決を勝ち取った)

戸松: 土井さんは302日間も拘留されたうえに、2年もかかってようやく解放された事件です。
多くの国、特に先進国では、あんな扱いを受けることはないですよ。犯罪被疑者として捕まったら、刑事施設――従来のいわゆる監獄――の方に収容しなくてはいけないのですが、彼は警察署の留置場にずっといさせられたわけです。そこは、従来から代用監獄と呼ばれています。
警察は、犯罪の取り調べをする役割を負っていて、それを遂行する日数も決まっているので、自分の警察署の留置場にとどめておけば、取り調べもしやすいのです。ただし、ルールとしては、犯罪被疑者の場合は、警察署の留置場にとどめるのではなくて、刑事司法を担う刑事施設に移さなければいけない。日本で、これをやっていないのはまったくおかしいのですが。国連の機関から批判され、西欧から奇異にみられています。

山里: 憲法に違反しているんですか。

戸松: もちろん違反していますよ。刑事裁判手続きについて、憲法31条以下に詳しく定めている規定の関係上、違憲であることの説明ができますが、ここでは省略させていただきます。
ただ、問題意識のある国会議員や日本弁護士連合会も憲法に違反した手続きの運用に猛烈に反対して、直すように求めているのですが、70年間ずっと直さないで今日まできています。これは、合理的説明のできない奇妙な状態が長年つづいていて、それが日本の法秩序状態だと、前回指摘したことのまさに一例です。

山里: もし僕が無実の罪でずっと拘留されたらどうしたらいいですか?

戸松: あの事件のように、弁護士を呼んで相談して、どのような作戦で戦うかということを考えるしかない。警察署で代用監獄は憲法違反だと主張しても、警察官や検事は、前例どおりやっているとか、自分たちはそのような考えとは関係ないと片付けるでしょう。

山里: そういうことなら、憲法が意味を持たなくなるんじゃないですか。

戸松: そのようにストレートな結論を出しても、問題の解決に至らないです。また、日本の刑事司法を真っ向から批判したり、対決したりすることも生産的ではないでしょう。
まず、検察官にはお咎めを科す道はないのかというと、そんなことはなくて、そのためには国家賠償法という法律があります。国家賠償法のもとで公権力の行使が違法になされたかどうかということを判断します。そういう道はあるのですが、裁判所はこれについての判断が甘くて、救済を期待できません。裁判官がそのように被疑者の拘留を長くしてよいのかということについて判断するわけですが、長年、裁判官は検察と同じような立場になりがちで、被疑者つまり弁護側の主張に耳を傾けようとしないことが多いようです。
土井さんのように、あんなにひどい扱いを受けても、救済されませんでした。日本では起訴後の有罪率が高くて検察が優秀だといわれていますが、村田さんのような事件も有罪として冤罪となる場合が含まれているのです。ただし、その実態を正確に明らかにすることはできませんが。
有罪になった人の中には村田さんのように、しっかり調べられないまま有罪にされた方もいるのは事実です。あの事件も、いい加減な弁護士だったら「村田さん、これでもう自白してしまいなさい、吐いてしまえば、どうせ初犯だから、執行猶予つきか罰金刑ですから、すぐ自由の身になります」と説得すると思います。そのように、無実でも犯行をしたと自白した人がいることは、話題になっていることが少なからずあります。

山里: それが直らない状態っていうのは、どうしてですか。

戸松: まず、第1回の記事で言ったように、政治の場面で、政権を交代しながら、おかしなしくみを直していくという動きがないことも原因の一つ。それから日本国民の多くは、日本が平和な国で、犯罪も少ないし、経済的にも強いという印象を抱き、幸せだと思っているから、法秩序のおかしいところをつっこむようなことを避け、そういう行動をとるようなタイプの人を異端の人間として嫌う傾向がある。だから、簡単には直らないのです。

介護士の賃金を考える

山里: こうやってお話聞いていると、何気ないことの先に「憲法」があるって思います。ただ、実際、今困っている人たちってそこまで考えがたどり着かないんじゃないかなって。

戸松: 繰り返しになりますが、憲法の前に法律や条例などの法制度がどうなっているかということを考えなくてはいけません。憲法でただちに問題が解決することもないのです。
ですから山里さんも、まずは法秩序がどうなっているかを見極めてください。

山里: 憲法と生活の関係でいえば、知り合いで、介護士の人とかいるんですけれども、賃金が異常に低いじゃないですか。これは憲法に触れているんじゃないかと思うんですがどうですか?

戸松: それは、憲法25条が保障する生存権の侵害だという主張がなされるかもしれません。あるいは、憲法13条の規定を根拠にして、生命、自由、幸福追求の権利を侵害している、つまり人間らしさを尊重しない賃金制度だという具合に追求すればよいとの主張も考えられます。
そのような主張をしても、では、どのような仕事内容を行う介護士のどのような働きに対して、どのくらいの金額が賃金としていいのかという問題は、介護士の制度の中に賃金を定める法的基準があって、そこを決める省庁(厚生労働省)がからまってくるので、憲法の規定から論理必然的に決まってくるわけでなく、法制度にそって検討し、変えなければならないことがあります。
そういうわけで、憲法を引き合いに出してすぐ解決できたらいいですが、それができない。ただし、今の法制度の基準がおかしいなら、そこには人を尊重するという憲法的なセンスを法制度の中に生かそうという配慮が足りないとはいえると思います。そうすると、憲法的センスを生かした法制度を生み出すことのできる人になるように、低学年から憲法の教育をすればいいかもしれません。しかし、私はそういうことではないと思っています。教育の問題に話が行くと、私は、いろいろ述べたくなるので、ここでは止めておきます。

(続く)




プロフィール

戸松 秀典(とまつ・ひでのり)
憲法学者。学習院大学名誉教授。
1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。