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増田明美さんのトリビア解説が生まれたワケ きっかけとなった「辛い思い」とは

   全日本大学駅伝が2018年11月4日、愛知・熱田神宮西門前-三重・伊勢神宮内宮宇治橋前(8区間106・8キロ)で行われ、青学大が5時間13分11秒で2年ぶり2度目の優勝を果たした。史上初の2度目の大学駅伝3冠を目指す青学大の走りに注目が集まる中、元マラソン選手の増田明美さんのトリビア解説が話題となっている。

   陸上の大会ではすでにおなじみとなっている増田さんの細かすぎる解説。全日本大学駅伝では監督車に乗り込み、各大学の監督をリポートしつつ、選手の細かすぎる情報を惜しみなく提供した。

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弁当を食べる様子の食レポも

   「テレ朝陸上」のツイッターでは、テレビ放送では見られなかった増田さんのリポートをアップ。増田さんお得意の監督、選手紹介にはじまり、青学大の原監督が弁当を食べる様子を食レポするなど、この日も「増田節」全開だった。

   増田さんの解説の特徴は、選手のプライベートに迫ること。常に選手目線で解説し、家族にまつわるエピソードを引き出して解説することでも有名だ。女子マラソンのパイオニアであり、五輪出場の経験を持つ増田さんはなぜ競技性に特化する解説を行わないのか。その真相に迫ってみる。

   千葉県出身の増田さんは中学3年生の時に、800メートルで千葉県の新記録を樹立して県大会を制覇。高校は陸上の名門・成田高に進学すると、その才能は一気に開花し、5000メートル、1万メートルと、次々に日本記録を塗り替えた。

   高校3年時の初マラソンで2時間36分34秒の日本最高記録をマークし、川崎製鉄千葉に入社すると本格的にマラソンに転向。女子マラソンが正式種目となった1984年ロサンゼルス五輪に日本代表として出場した。

   増田さんの競技人生を語る上で、常につきまとうのが故障との戦いだ。強い時は独走態勢からぶっちぎりでゴールするが、体調が悪い時の増田さんは、レースの途中棄権も多かった。1984年ロスアンゼルス五輪では重度のプレッシャーから体調を崩し、16キロ付近で途中棄権した。

   五輪後に引退し、その2年後に復帰したものの、相次ぐ故障の影響で増田さんが第一線で活躍する姿を見ることは出来なかった。

解説者が「顔色が悪いですね」

   記者がスポーツ紙で陸上を担当していた当時、取材現場で何度も増田さんを拝見した。手にしていたB5ノートにはびっしり文字が詰まっており、無名の選手にも真摯に取材していた姿が印象的だった。

   陸上界でこれほどの実績を持つ増田さんが、取材する側に立ち、選手のプライベートな情報を事細かくリポートするのは、現役時代のある辛い思いがあったからという。

   途中棄権と隣り合わせの激しい走りに、増田さんの家族はレースのたびに心配していた。あるレースの時に、解説者が増田さんの表情を見て解説者が「顔色が悪いですね」と放った一言で、祖母がとても心配したという。

   増田さんがリポートする際に心がけていることは、選手の家族に心配をかけないこと。そのために選手の親にしっかりと取材をし、他の解説者とは異なるエピソードを引き出すのだという。

   ただ、増田さんのトリビア解説が全面的に受け入れられるかといえば、そうでもない。2016年リオ五輪で女子5000メートル予選の模様をNHKで解説をした際に、出場している選手が、焼き鳥のねぎまのキーホルダーを大切に持っている理由(ネバーギブアップをかけて、ねぎーまっぷ)を紹介しようとした際に、実況のアナウンサーが割って入りスルーされたエピソードがある。

   陸上だけでなく、ナレーターとしても活動の場を広げる増田さん。聞いている人に癒やしを与える「F分の1(1/f)ゆらぎ」の持ち主といわれ、朝の連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK、2017年度上半期)でナレーターを務めたほどだ。

   癒し系のトリビア解説者、増田さんの解説は人間味にあふれている。