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トヨタ労組「方針転換」がもたらすもの 春闘の存在意義にも影響が?

   トヨタ自動車労働組合(約6万9000人)が2019年春闘の要求で、ベースアップ(ベア)に相当する具体額を示さない方向で検討している。従来のベア重視から、定期昇給や手当などを含んだ賃金の引き上げ額に重きを置く姿勢に転換する。

   単にトヨタ一社の話ではない。産業界全体が注目するトヨタ労組の方針が他社の労使交渉にも影響を与えるのは確実であり、場合によっては今後の春闘の「存亡」にもかかわるとの見方もある。

  • トヨタ自動車本社(Tokumeigakarinoaoshimaさん撮影、Wikimedia Commonsより)
    トヨタ自動車本社(Tokumeigakarinoaoshimaさん撮影、Wikimedia Commonsより)
  • トヨタ自動車本社(Tokumeigakarinoaoshimaさん撮影、Wikimedia Commonsより)

「ベアの議論はなくしていく方向が...」

   トヨタ労組は、2018年交渉まで5年連続でベア相当額を要求に盛り込んできた。だが、会社側は2018年に続いて、2019年もベアを非公表とする姿勢を示しており、労組側もそれに対応する方向だ。

   だが、この方針は他労組に波紋を広げそうだ。労組側がこれまで賃金水準を一律に引き上げるベアを要求の軸にしてきたのは、一時金(ボーナス)や手当は業績や景気が悪化すれば削られる性質のものだからだ。

   一方の会社側にとっては、ベアはいったん上げると、将来にわたって経営にのしかかるため、当然慎重になる。そのせめぎ合いから、いかに賃金アップを勝ち取るかが労組の役割だった。それを自ら放棄すれば、業界内で共闘して各社の経営陣から同じ回答額を引き出すという「春闘」の目的が成り立たなくなる――経営側の術中にはまったとの「酷評」も聞こえるゆえんである。

   その意味で言えば、2018年春闘がトヨタの労使交渉にとって大きな転換点だった。2018年のトヨタ労組の要求は、ベア3000円に定期昇給分7300円を加えた計1万300円。これに対し会社側は「全組合員平均で1万1700円、率にして3.3%の賃上げを行う」と回答。ベアについては「前年の1300円を上回る水準」との表現にとどめ、具体額は公表しなかった。トヨタの上田達郎専務役員は記者会見で「ベアだけで格差を縮めるのは難しい」としたうえで、「ベアの議論はなくしていく方向が望ましい」と踏み込んだ。

「トヨタショック」でムード一変

   一見、回答が要求を上回ったように映るが、そうとは言えない。まず、会社の回答は、正社員だけでなくパートや期間従業員など全組合員を対象としている。また、多くの場合、賃上げ率はベアと定期昇給を合わせた数字で公表するが、手当まで含めて算出している。これは極めて異例だ。トヨタ労組の西野勝義執行委員長は「要求と違う今までにない形が出てきたのは複雑だ」と述べた。

   一方で、これを受け入れたトヨタ労組には「共闘という意味では問題を残した」(金属労協の高倉明議長)、「賃金データはきちっとしないといけない」(連合の神津里季生会長)などと苦言が相次いだ。

   トヨタは日本で最も利益を上げている会社だ。春闘ではトヨタが示す回答は、他の大企業やグループ企業などの目安になり、他労組はトヨタの交渉状況をにらみながら、それに近い回答を経営側から引き出そうとしてきた。そのトヨタが賃上げの相場づくりの牽引役を降りたことで、ムードはすっかり変わってしまった。

   2019年春闘では、トヨタ労組の上部団体である全トヨタ労働組合連合会がベア相当額を月3000円以上とする目安を示したが、実際に要求に盛り込むかは各労組の判断に委ねる方針だ。自動車総連はベアの具体額を示すことを見送った。

   2018年の「トヨタショック」をきっかけに、各社が今後、ベアを避ける流れは定着するだろう。ベアという目安がなくなれば、全体の水準が切り下がる可能性もある。労組の弱体化とともに、60年以上続いた春闘は、その役割を終える局面にきているのかもしれない。