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「4月30日に地震が...」ネットで出回る怪情報 根拠は「聖徳太子の予言」、その正体は?

   「平成最後の日」である2019年4月30日、あるいは「令和最初の日」となる5月1日に、東京を大地震が襲う――SNSなどで、こうした噂が流布している。

   その根拠とされるのが、「聖徳太子の予言」なるものだ。しかしJ-CASTニュースが調べたところ、その「予言」は、30年近く前の書籍で取り上げられた出所不明のものだった。

  • 『新纂仏像図鑑 天之巻』に登場するクハンダ。どことなく愛嬌も(国会図書館デジタルコレクションより)
    『新纂仏像図鑑 天之巻』に登場するクハンダ。どことなく愛嬌も(国会図書館デジタルコレクションより)
  • 『新纂仏像図鑑 天之巻』に登場するクハンダ。どことなく愛嬌も(国会図書館デジタルコレクションより)
  • 「クハンダ予言」の元ネタとみられる五島勉氏の著書

YouTubeの「字幕動画」なども拡散に一役

   噂の発信源となっているのは、いくつかのオカルト系ネットメディアの記事だ。その内容を要約すると、以下のようなものになる。


   ――歴史上の偉人として知られる聖徳太子には、未来を見通す不思議な力があり、「未来記」なる書物を残していた。その太子が、このように予言したという。

「私の死後200年以内に、山城国に都が築かれ、1000年に渡って栄える(=平安京)。しかし『黒龍』(=黒船)が訪れ、都は東に移される(=東京)。しかしその東の都は200年後、『クハンダ』が来て、親と7人の子どものように分かれるだろう」

   平安京、さらにその後の黒船襲来をも見通していた太子。その太子が、「東の都」は200年後、「クハンダ」によってバラバラになる、と予言した。「クハンダ」とは仏教用語で「末世に現れる鬼」だという。それによって東京がバラバラになるというのは、つまり地震などの大災害と考えられる。

   天皇陛下の譲位と新天皇の即位によって霊的な守護力が弱まる2019年4月30日~5月1日こそ、その「クハンダが来る時」だ――


   こうした記事を元にしたYouTubeの「字幕動画」と呼ばれる、テキストを主体としたゴシップ系動画や、まとめサイトなどを通じて噂が拡散し、SNSに広まっている。

   ツイッターでも、4月末に入り、「なんか4月30日巨大地震くるみたいな噂しているんですが、本当なんですかね......」「聖徳太子の予言だと4月30日...。 前からずっと地震のこと考えてたけど予言が怖い」「南海トラフってそういうのやめよ~聖徳太子の予言とかしんどい~」など、不安を訴える声が少なからず見られる。

元ネタは『ノストラダムスの大予言』著者

   しかし、J-CASTニュースが調べたところ、そもそもこの「東の都にクハンダが来る」という予言自体、歴史的な文献では確認できなかった。

   一方、五島勉氏が1991年に刊行した『聖徳太子「未来記」の秘予言』(青春出版社)ではほぼ同内容の「予言」が掲載されている。細かい解説なども一致するため、ネット上で拡散する「予言」はこれが原典と見られる。

   五島氏は1973年刊行の『ノストラダムスの大予言』などの著書があり、「1999年人類滅亡説」の火付け役として知られる。ただ、『聖徳太子「未来記」の秘予言』では、「クハンダが来る」予言の出典を明示しておらず、その信憑性は定かではない。また五島氏の書籍では、この予言は「首都機能が分散する」意味だと解釈されている。

   「クハンダが来る」の予言は東日本大震災を機に、ネット上でも言及される機会が増えたことが確認できる。「大地震」説は、出典が示されないまま引用、孫引きが繰り返される中で、解釈がひとり歩きしたものとみられる。

正体不明の「予言」を見つけるまで

   記者がこの「予言」を知ったのは、あるまとめサイトを通じてだった。

「【聖徳太子の恐るべき予言】2019年4月30日に『クハンダ』の来襲で東京が八つ裂きに!?」

   4月初頭、スマホブラウザの「おすすめ記事」として表示されたのは、こんなおどろおどろしい見出しである。天皇の代替わりの「空白」を狙って、恐るべき怪物「クハンダ」が襲来する――まるで怪獣映画のような筋書きだ。

   だが、YouTubeなどで検索すると、同様の内容を扱った動画が、複数ヒットした。中には1万回以上再生されているものもある。

「【衝撃】2019年4月30日に日本滅亡!」
「聖徳太子が予言していた日本滅亡は2019年4月30日...新元号と天皇譲位でクハンダ襲来!?」
「南海トラフ巨大地震が、4月30日にくるぞ!」

   SNSでも、主にこうした動画が起点となって、噂が拡散されている。「出所を検証してみよう」、そんな軽い気持ちで調べ始めた。

そもそも「クハンダ」って何者なのか

   動画やまとめサイトの「元ネタ」は、すぐにわかった。「TOCANA」や「ATLAS」といった、オカルト系のネットメディアだ。細かい解釈には少し差があるが、いずれも「クハンダが来る」という「聖徳太子の予言」を元に、譲位・即位のタイミングで地震など、「日本滅亡」級の災害が起きるかもしれない、とするものだ。

   譲位・即位のタイミングが本当に「クハンダが来る」時なのか、ということはさておき、気になるのは2つの点だ。

   まずは、「クハンダ」とはそもそも何者なのか、ということである。

   一連の記事では、クハンダについて、「末世に現れる鬼」「真っ黒く汚れた禍々しい存在」と、「日本滅亡」を引き起こす怪物としてふさわしく、いかにも恐ろしげに解説されている。

   だが、『広説佛教語大辞典』(東京書籍)の説明には、以下のようにある。ちなみにこの本を手がけたのは、日本を代表する仏教学者として知られた故・中村元氏(1999年没)だ。

「鬼の一種。瓶のごとき形の睾丸をもつ、の意。一種の悪鬼、鬼霊の一群で、ヒンドゥー神話では、ルドラ神の配下に属する。仏教では、増長天王の所領とされる。人の精気を食らうといわれる」

   悪鬼ではあるが、あくまでルドラ神、増長天といったほかの神々の目下の存在であり、することも「人の精気を食らう」という、西洋の伝承でいえばサキュバスやインキュバスのようなものだ。予言の禍々しいイメージとは、少し印象が異なってくる。

繰り返し「発見」されてきた聖徳太子の予言

   そして、もう一つは、そもそもこの「予言」の出所がどこか、という問題だ。

   一連の記事では、予言の出典を単に「聖徳太子が残したとされる未来記」と、非常にざっくりと紹介している。が、この「未来記」というのが厄介なのである。

   聖徳太子は予知能力の持ち主であると信じられ、その「予言」とされるものが、歴史上たびたび出回っていたことは事実だ。小峯和明氏の『中世日本の予言書』(岩波新書)によれば、こうした「予言」は平安時代ごろから繰り返し「発見」されてきたといい、特に中世には盛んに読まれた。その総称が「未来記」だ。

   厄介、というのはそこである。たとえば「ノストラダムスの予言」なら、ノストラダムスが遺した著書がちゃんとあり、後はその解釈の問題になる。ところが「聖徳太子の予言」=未来記は、「発見者」がその都度、太子の名を借りて偽作・捏造したものなので、いくらでもバリエーションが存在する。そして、そんな未来記たちのどれに「クハンダの予言」があるのか、まるでわからないのである。

   筆者は学生アルバイトにも協力してもらいつつ、江戸時代までの文献に登場する「未来記」を調べて回った。しかし、いずれも空振りだ。「平安京を予言した」までは、平安時代にはすでに言われていたらしいのだが、そこから先、「東の都」、はては「クハンダ」なんて話は、どこにも出てこない。

五島勉氏はどこから「予言」を見つけた?

   もう一度、各メディアの記事を読み返していると、「参考文献」として五島勉氏の『聖徳太子「未来記」の秘予言』を挙げるものがあった。ダメ元で取り寄せたところ、あった。太子が25歳のとき、宇治の地で残した予言として、下記のように「引用」されていたのである。

「私の死後二百年以内に、一人の聖皇がここに都を作る。そこはかってない壮麗な都になり、戦乱を十回も浴びてもそれを越えて栄え、一千年の間、遷都はないだろう。だが、一千年の時が満ちれば、黒龍が来るため、都は東に移される。それから二百年を過ぎたころ、こんどはクハンダが来るため、その東の都は親と七人の子のように分れるだろう」(原文ママ)

   ネット上で拡散する「クハンダ予言」と、ほぼ同一の内容だ。クハンダを「末世の時代に現れる鬼」「真っ黒く汚れた存在」と称するのも共通する。一連の記事のネタ元は、この本と見て間違いない。

   では、五島氏はどこからこの「予言」を見つけたのか。続く文章には、「出典は、前出・白石重氏の著書など。原本も前出『旧事本紀』など。ほか熊野地方の神道系の太子研究者に取材」。ほかの「予言」は一応、出典が明記されているが、ここだけ非常に曖昧である。

「おそらく五島氏の創作だったのではないだろうか」

   白石重氏は、この本で何度か触れられている。新聞記者出身で、在野の古代史研究家だったようだ。国会図書館に収められた著書『聖徳太子』を確認したが、

「二百歳の後、一人の聖皇があって、ここに遷って都を造るだろう。皇道は興隆し、子孫相続いて旧来の軌範を墜さない。この時こそ都定まって、一般庶民も再び遷都の憂いがなくなるだろう」

とあるだけだ(この記述は「先代旧事本紀大成経」に基づくという。なお「大成経」は一般には、江戸時代の偽書とされる)。

   とすると後は、「熊野地方の神道系の太子研究者」なる人物しかいないが、この部分で唐突に登場するのみで、残念ながら「正体不明」と言わざるを得ない。

   ――と、ここまで調べて、オカルト検証で知られる本城達也さんのウェブサイト「超常現象の謎解き」が、すでにこの件を調査していたことを知った。本城さんはすでに、この「予言」が五島氏の著書以前に遡れないことを確認し、こう断じている。

「つまり一見すごいように見えるクハンダの予言は、その大部分が存在自体、大変怪しいものだったのである。おそらく五島氏の創作だったのではないだろうか。氏がかつて執筆された『ノストラダムスの大予言』と同じようなものである」

「予言」はこうして独り歩きした

   なお、大元の五島氏の著書では、「クハンダ予言」は数ある太子の予言の一つとして扱われるのみで、それほど重要視されていない。五島氏は、以下のようにこの「予言」を読み解いている。

「これは東京の汚染や人の心のエゴが、いずれどうしようもない末世状態になること、そのため首都機能を、(本来の東京のほか)七つもの都市に分散するようになることを示しているだろう」

   環境汚染などに警鐘を鳴らしつつも、あくまで起きるのは「首都機能の分散」でしかないのである。ほかの箇所を見ても、五島氏はクハンダを、オゾン層破壊などの環境汚染の象徴として描いていることが読み取れる。

   だが、五島氏が懸念したオゾン層問題はやがて沈静化、著書の副題となっている「1996年世界の大乱」も幸いにして起きなかった。そして『聖徳太子「未来記」の秘予言』は、無数に存在するオカルト本の一冊として、やがて忘れられていった。

   だが2011年の東日本大震災後あたりから、「予言」部分のみが切り取られ、個人ブログやネットメディアなどで取り上げられるようになる。そしてその都度、「地震」や「放射能汚染」、はたまた「火山噴火」などを予言したものだ、と喧伝された。引用、孫引きを繰り返す中で、五島氏の著書が元ネタであることは無視される。さらに、SNSやYouTubeを通じて、日頃オカルトなどには興味のない人々にまで拡散していく。

   こうやって「クハンダ」は、とてつもない怪物として、雪だるま式に巨大化していったのである。

(J-CASTニュース編集部 竹内 翔)