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WTO敗訴で朝日・産経の「場外乱闘」も 予想外れで慌てて大騒ぎ

   世界貿易機関(WTO)を舞台にした韓国による日本産水産物の輸入制限を巡る争いが、日本の敗訴に終わる中、いささか「場外乱闘」じみた論争が起きる場面があった。

   発端は、2019年4月11日、「第二審」の上級委員会が、予想に反して日本側の「実質的敗訴」の判断を下したことだった。

  • 朝日新聞は政府説明に疑義
    朝日新聞は政府説明に疑義
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第二審直前に「勝訴」前打ちしていた産経

   予想外の敗北だった。韓国の禁輸措置が「差別的」だとする日本の主張をほぼ認めた第一審は、原子力の専門家らも審議に加わっていたこともあり、日本政府は「専門家が検討した第一審の事実認定が覆ることはない」(外務省筋)とタカをくくっていた節がある。

   事前にもこうした楽観的見方が広がり、産経新聞は第二審の決定公表数時間前の11日夕方配信記事で、「輸入再開の判断が示され、日本の勝訴となる公算が大きい」と「前打ち」していた。逆に韓国政府は敗訴を覚悟して、WTOの発表後に緊急対策会議を開き、是正措置を講じる15カ月の猶予期間を活用し、安全対策を準備するとアピールする段取りだったと伝えられる。

   そもそも日韓の紛争は、韓国が2013年9月、福島第一原発から汚染水が流出しているとして、青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の8県の水産物について、「一部輸入禁止」から「全面禁止」に拡大したことに対し、日本が2015年8月にWTO協定に違反しているとして提訴したことに始まる。

   第一審の小委員会は2018年2月、韓国による輸入規制は「差別的」かつ「必要以上に貿易制限的」でWTOルールに違反するとした日本の主張をおおむね認め、韓国に是正を勧告した。

   ところが、これに対して第二審の上級委員会はこの4月11日、第一審の判断について、「小委は製品サンプル中の(放射性物質の)実測値のみで安全性を調査しており、潜在的な汚染の可能性を説明できていない」と指摘。日本は放射性物質のモニタリング調査などデータを示し安全性を説明してきたが、上級委は放射性物質の影響が将来、顕在化するかもしれない潜在的リスクを考慮しなかった第一審の判断は問題だとした。

   これだけの説明では分かりにくいが、WTOの仕組みをおさらいしよう。第一審は、具体的に事実を確認して判断する。これに対し上級委は、国際法の専門家が第一審の判断がWTO協定に照らして法律的に問題がないかを判断する。今回、判断が覆ったのは、日本産水産物の安全性や貿易制限など重要な論点について、第一審の検討に不備があった――具体的には、放射性物質のレベルが今は低くても将来、影響が現れる潜在的リスクがあるという韓国の訴えについて、「検討が不十分だった」――と判断したということだ。

政府の説明に「乖離」指摘した朝日

   思いもしない敗北を受け、政府は「抗弁」に躍起となった。菅義偉官房長官は12日の記者会見で、第二審が日本産水産物の安全性に触れていないことから「日本産食品は科学的に安全であり、韓国の安全基準を十分クリアするとの一審の事実認定は維持されている」として、「敗訴したとの指摘は当たらない」と強調。吉川貴盛農相も「日本の食品の安全性を否定したものではない」と述べている。

   「場外乱闘」となったのはここからだ。こうした説明に対し、朝日新聞が疑問を呈したのである。23日朝刊1面左肩で、「政府説明、WTO判断と乖離」との記事を掲載し、「日本政府が第一審の判断を根拠に説明している『日本産食品の科学的安全性は認められた』との記載が第一審の判決文にあたる報告書にないことがわかった」などとして、「韓国の安全基準を十分クリアする」という説明についても、「明らかに判決の解釈を誤っている」などの識者のコメントも掲載した。

   この記事に対し菅長官は23日午前の記者会見で、「日本産の食品中の放射性セシウムの濃度が、日本および韓国の基準値を下回ることを第一審は認めている。上級委員会はこの事実認定を取り消していない。これを簡潔にお伝えしたということだ」と説明。河野太郎外相、吉川農相も会見で同様の説明をした。

河野外相は「やや正確性を欠く記事」

   この論争に産経新聞が「参戦」し、24日「河野外相、WTO判断めぐり朝日新聞に抗議」との記事を掲載。河野外相が会見で「朝日新聞だったかが、やや正確性を欠く記事があって、日本産食品の安全性に疑念を抱かせかねないものがあった」とのコメントを引き、「抗議した」と報じた。

   こうした「場外乱闘」は脇に置いても、今回の実質敗訴は、産経も「政府の食品輸出の拡大戦略にも障害となりかねない」(13日朝刊)と書くように、与党内でも不満が噴出している。17日の自民党の水産部会と外交部会などの合同会議では、全国漁業協同組合連合会などの関係者から「日本の敗訴以外の何ものでもない。日本の水産物への信頼を損ないかねない」「日本の漁業者でさえ政府の説明は納得できない」といった不満の声が出され、議員からも「完全に外交の敗北だ。外務省はまったく油断していた。一体何をやっていたんだ」「日本産食品は安全だけど安心できないと誤解されかねない」などと政府の責任を追及する声が続出した。

   日本側は上級委員会の機能不全を批判し、「WTO改革」を推し進めることで対抗する方針だ。26日の日米首脳会談では、日本の立場を支持した米国のドナルド・トランプ大統領に対し、安倍晋三首相が謝意を伝える場面もあった。

   とはいえ、日本は南極海の調査捕鯨でも、条約違反だとのオーストラリアの提訴を受けた国際司法裁判所(IJC)の訴訟で敗訴しており、それが2018年の国際捕鯨委員会(IWC)脱退表明につながった。韓国の元徴用工問題をめぐり、IJCへの提訴も視野に入れているが、国際的な相次ぐ敗訴で、安倍政権として外交の戦略見直しを迫られる可能性もある。