J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

湘南戦「大誤審」に見たJリーグ審判の弱点 サッカーライターに聞く「原因と解決策」

   サッカーJ1・浦和レッズ-湘南ベルマーレ戦(2-3)でのJリーグ史に残りかねない「大誤審」は、一体なぜ起きたのか。湘南MF杉岡大暉のシュートが、映像で見るとゴールラインを明らかに割っていたのに、主審にノーゴールと判定されたシーンだ。インターネット上ではファン・サポーターだけでなく現役プロ選手からも批判的な声が殺到した。

   この誤審について、「テクニカルとエンパシー(共感)の両方に課題を見出すことができます」と分析するのはサッカーライターの清水英斗氏。そして、「日本の審判の弱点」が見える場面だったと指摘する。誤審の原因と、再発を防ぐための方法について、詳しく見解を聞いた。

  • 浦和-湘南戦が行われた埼玉スタジアム2002(試合当日の写真ではありません)
    浦和-湘南戦が行われた埼玉スタジアム2002(試合当日の写真ではありません)
  • 浦和-湘南戦が行われた埼玉スタジアム2002(試合当日の写真ではありません)

ゴール真横のポジションを副審が取るのは「事実上不可能」

   2019年5月17日湘南-浦和戦は0-2で迎えた前半31分、杉岡のシュートが右ポストに当たって左サイドネットを揺らした。跳ね返ってきたボールは浦和GK西川周作が手に取り、キックオフを促すようにセンターサークルへと投げた。だが、リプレー映像でも明らかにゴールラインを割っていたにもかかわらず、山本雄大主審はノーゴールと判定し、プレー続行を指示した。湘南の選手らと曺貴裁(チョウ・キジェ)監督が主審に詰め寄り、一時騒然となったが判定は覆らなかった。

   サッカーライターの清水英斗氏はJ-CASTニュースの取材に、「今回の誤審は、テクニカルとエンパシー(共感)の両方に課題を見出すことができます」との見解を示し、この2つのキーワードから誤審の原因を分析した。

「テクニカル面では、なぜ審判が見極めに失敗したのか。ゴールラインを割ったか否かは、ピッチを横から見ている副審が判定します。ボールがゴールラインに少しでも重なっているとノーゴールですが、それを正しく見るには、やはり真横のポジションが理想です。ただし、そのポジションを副審が取るのは、事実上不可能なのです。

なぜなら、副審は同時にオフサイドを見なければいけないので、常にオフサイドラインに合わせてポジションを移動しています。そのため、副審はゴールに対して斜めの角度から見ることになります。これでは微妙なところはわかりません」

「副審にとってゴール判定を任されるのは頭痛の種」

   オフサイドラインは最後方から2人目の選手を指す。実際、大抵はGKが最後方にいるので、基本的に最後方のフィールド選手の位置がオフサイドラインに当たり、その上がり下がりに合わせて副審も動く。シュートが打たれた瞬間にゴールライン上に位置を取ることは「事実上不可能」ということになる。

「実際、この場面は杉岡選手のミドルシュートだったので、副審のポジションはペナルティーエリアのライン付近。角度は斜めでした。そんなわけで、オフサイドとゴールの両方を1人が見極めるのは、実は物理的に難しいのですが、主審+副審2人の体制ではそうせざるを得ないのが現状です」(清水氏)

   だが清水氏は「もっとも、そうは言っても、今回の場面がそれほど難易度の高いものではなかったことも確かです」とも指摘する。

「今回のシーンは強く張られたサイドネットから、ボールが勢い良く反発しました。ゴールポストに当たったように感じられ、副審は自分の眼に自信が持てなかったのかもしれません。

いずれにせよ、副審にとってゴール判定を任されるのは頭痛の種です。テクノロジーを使うなど、ゴール判定を他で引き受けるシステムがあれば、副審のオフサイドやファウル等の判定精度も上がると期待できるでしょう」

「審判としては、火のないところに煙を立ててしまった」

   もう1つのキーワードが「エンパシー(共感)」である。清水氏は言う。

「今回の誤審が特徴的だったのは、GK西川選手をはじめ、ゴールが決まった事実に両チームが疑いを持っていない状況で、審判だけがわざわざ状況を覆す判定に至ってしまったことです。西川選手は誰にパスするわけでもなく、ボールを返し、次のキックオフを待つ様子でした。また、湘南の選手もハイタッチして祝福しています。誰もゴールを疑っていない。

もちろん、通常であれば、審判が当事者の主張を受け、判定するのは非常に危険です。偏った主張をされる恐れが強いからです。しかし、この場面はどちらも最初から疑いを持っていなかった。審判としては、火のないところに煙を立ててしまった状況です。ピッチ上の様子や選手の雰囲気に、審判のエンパシー(共感)があれば、副審と詳しく協議をしたり、第4審判の意見を聞いたりして、主審としても判定を考え直す余地はあったはずです」

   清水氏によれば、サッカーは草創期から審判がピッチにいたわけではない。両チームが自主的に判定し、揉めたときは両チームが話し合って判定を決めた。だが当事者だけでは収集がつかない場面が増えたため、第三者に決めてもらおうと、「仲裁人」の意味合いの審判が登場することになった。「その意味から言えば」と、清水氏はエンパシーの重要性をこう説明する。

「火のないところに煙を立てるのは、サッカーの審判のあり方として、疑問を持つところはあります。もちろん、ゴールという最もプレッシャーがかかる判定について、エンパシーを持ち出して解決を図るのは難しいのですが、日本の審判の弱点であり、試合全般を通じて見られる傾向であるのは確かです」

3つのゴール判定システム、導入への課題は?

   J1では今季、ゴールをめぐる疑惑の判定がすでに複数ある。5月3日の鹿島アントラーズ-清水エスパルス戦では、清水MF中村慶太のFKを鹿島GKクォン・スンテがかき出したが、ゴールラインを割っていたのではないかとして清水の選手が猛抗議。同日にはサンフレッチェ広島-横浜F・マリノス戦で、広島MF川辺駿のヘディングシュートが同様にゴールラインを割ってから横浜GKパク・イルギュにセーブされたのではないかと物議を醸した。

   いずれもノーゴールに終わったが、議論を呼んだ判定を解説するJリーグ公式ネット番組「Jリーグジャッジリプレイ」5月9日の配信では、日本サッカー協会(JFA)審判委員会のレイモンド・オリバー副委員長が「(中村と川辺のシュート)2つともゴールだったと思います」と発言し、誤審であったことを認めている。

   判定の精度向上をめぐって盛んに取り沙汰されるのが、ワールドカップ(W杯)でも採用された「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」や「GLT(ゴールライン・テクノロジー)」など技術・制度のJリーグ導入だ。上記配信でオリバー氏も「VARやGLTが導入されていれば、これらは絶対に見直しがされていた事象だと思います」と付け加えていた。

   清水氏も、ゴール判定の改善にはGLT、VARと、AAR(追加副審)を加えた3つの方法があり、「それぞれ課題があります」と述べる。

「GLTはゴール判定に特化したシステムで、完璧な改善が期待できます。競技に対する影響もほぼ無し。自動判定システムが、ゴールorノーゴールの判定を、主審の時計に即時伝送するやり方なので、試合を中断させることもありません。

問題は高価であることでしょう。設置費用にスタジアム当たり約3000万円。維持管理に約500万円かかります。これを試合が行われるスタジアム全部に導入すると、大変な金額になります」

「VARはGLTとは違い、人を育成する必要があります」

   「VAR」については、「コスト(総額)は年間約1億円とGLTよりは安価。しかも、ゴール判定だけでなく、ファウルやオフサイドの明らかな間違いも正すことができます」と評価する一方で、

「ただし、VARの問題は、試合の中断を増やすなど、競技への影響が出ること。今まではチェックしていなかったファウルが取られることもあり、PKも増えています。セットプレーは今後も影響が出ると思います」

とデメリットも指摘した。W杯初導入となったロシア大会ではPKの数が大会史上最多を記録したのは記憶に新しい。

   また、VARには審判員の能力的な課題もある。

「さらにVARはGLTとは違い、人を育成する必要があります。1試合にはVARとアシスタント・VARで必ず2人が必要です。VARが判定を検証している間、流れていく試合をアシスタント・VARがチェックするためです。そして、彼らに適切な映像を送ったりするオペレーターも必要。もちろん、主審も彼らとコミュニケーションを取り、必要であればオン・フィールド・レビューを行い、自分で検証をする手順もあります。

副審の手順にも多少違いが出てくるので、審判はビデオ判定用のトレーニングを積む必要があり、その内容、期間、実戦テストの段階を踏むことなどは、すべてIFAB(国際サッカー評議会)によって定められています。現在JFAではVARの育成とトレーニングを行っている最中ですが、人の育成と、それにかかる時間が、VARの最も大きな課題です」(清水氏)

「柔軟なテクノロジーの運用を認めるべきではないか」

   3つ目の、ゴール横に追加副審を置く「AAR」は「人件費が2人分増えるだけで、それ以外に大きな負担はありません。副審とは違い、AARは真横の近い距離から見られるので、判定精度は上がります」と導入のしやすさを認める一方、「ただし、最終的に人の目でジャッジすることは変わらないので、ミスはゼロにはならないでしょう」と、精度向上については上記2つよりは限定的であるという。

   こうした3つの制度の特徴を踏まえ、清水氏は今後について「もし一刻も早く改善を、ということであれば、GLTかAARでしょうか。ただ、今の状況でトレーニングすれば、VARも来季から導入できるでしょう。GLTの短期レンタル、なんて落とし所があるなら、検討できるかもしれませんが」と話している。

   その上で清水氏が提案するのは、これらを導入する・しないの二者択一だけではなく、その「間」とも言える選択肢を持つことだという。

「私見では、もう少しIFABが柔軟なテクノロジーの運用を認めるべきではないかと考えています。たとえば、ゴール判定だけを行う『簡易VAR』として導入する、などです。各国サッカー協会によって、予算事情や考え方は違うので、カスタマイズした導入ができればいいのですが、そうしたアイデアは、IFABの承認を受ける必要があります。

ルールを無視して勝手にやってしまえば、日本はW杯などの国際大会に出場出来なくなるでしょう。サッカーのルールは国際的にコントロールされ、息苦しく感じるところもありますが、そのおかげで育成システムが他のスポーツに対して相対的に優れた面を持っているなど、国際化の良い面もたくさんあります。ただし、それに対して受け身になるだけでなく、さまざまなアプローチを試みてもいいと思います」

(J-CASTニュース編集部 青木正典)