J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

強すぎる井上尚弥と強すぎたタイソン その意外な共通点とは

   「モンスター」井上尚弥(26)=大橋=の世界的評価が急上昇している。井上は2019年5月18日(日本時間19日)に英グラスゴーで開催されたボクシングのワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)準決勝でIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(26)=プエルトリコ=に2回TKO勝ち。

   昨年10月のWBSS初戦に続く衝撃KOに、ボクシングの本場米国をはじめ英国など欧州でも高く評価され、パウンド・フォー・パウンド(PFP)では重量級の選手を抑えて上位に食い込んでいる。

  • 井上尚弥(2016年撮影)
    井上尚弥(2016年撮影)
  • 井上尚弥(2016年撮影)

一部メディアでは「強すぎて試合が面白くない」

   井上の強さは実に分かりやすい。それは多くの試合で対戦相手をノックアウトするからだ。

   プロでは18戦全勝16KOと、KOを逃したのはわずか2試合だけで、ここ8試合は連続KO中である。素人目には採点方法が分かりにくい判定までもつれ込むことがほとんどないのも分かりやすさの大きな要因だろう。6月1日には一部メディアで「強すぎて試合が面白くない」との見出しで井上の試合を批判的に論じられたが、果たして本当にそうだろうか。

   フジテレビは5月19日の21時からWBSS準決勝の試合を録画放送した。試合はすでに日本時間早朝に決着しており、ネットでは井上の2回TKO勝利が続々と報じられた。にもかかわらずだ。約半日遅れで結果が判明している井上の試合の平均視聴率は10.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と高い数字を記録した。井上の試合は「強すぎて面白くない」のではなく、結果が分かっていても「見たい」代物なのだ。

   記者は10年近くボクシングの現場を取材してきた中で、攻撃力の優れたボクサーを幾人も見てきた。パンチ力だけでいえば、日本王者クラスで井上よりも強いだろうと思われるボクサーもいた。だが、それらの攻撃力の優れたボクサーが井上のように世界的ボクサーになれなかったのは、井上と決定的に異なる点があったからだ。井上にはあって、他のボクサーにはないのも。それは世界レベルの防御技術である。

   井上はデビューからKOの山を築き上げ、ここ最近では世界トップクラスの選手に連続で早期KO勝利が続いている。当然のことながらメディアで取り上げられるのは、その驚異的な攻撃力だ。一瞬のうちに相手をキャンバスに沈める破壊力抜群のパンチ力とスピード。これまでの日本人ボクサーの常識を覆すような攻撃力を持ち合わせるが、記者は井上の強さの本質は、まれに見る防御技術にあると考える。井上の体格を見ても分かる通り、身長やリーチがバンタム級で飛びぬけているわけではなく、むしろ標準サイズだろう。その井上がKOを量産するのは、完璧な防御技術に基づく距離感にあるといえるだろう。

   対戦相手にパンチが当たる距離は、自身も被弾する可能性がある距離である。いわば、KOを狙いにいくボクサーは、この危険な距離にいるわけだ。だが、これまで井上が大きなダメージを負うようなパンチを浴びたシーンを見たことがあるだろうか。危険な距離にいながらも自身は被弾せずに相手にKOパンチを打ち込む。非常に高い防御技術があってこそ成しえる業である。

鉄人タイソンとモンスター井上の共通点とは...

   突出した攻撃力を持つあまりに、防御技術に関してあまり語られないボクサーがいた。ヘビー級の元世界統一王者マイク・タイソンがそうだった。タイソンといえば、一撃必殺のパンチ力ばかりがメディアで取り上げられることが多かったが、実のところ、タイソンの数多くのKO劇は、井上同様に高い防御技術によってもたらされたものだった。

   ファイタータイプのタイソンは接近戦を得意とし、相手の懐に潜り込んでボディーから顔面へ上下打ち分けるスタイルが定番だった。時にはいきなりの左フックから懐に飛び込むこともあったが、基本的には低い体勢で頭を振り、ジャブでけん制しながら接近戦に持ち込むというスタイルを取っていた。タイソンと井上の大きな違いは、その体格にある。180センチそこそこのタイソンは、2メートル近いボクサーが多いヘビー級の中では小柄で、リーチにおいても劣っていた。

   体格的なハンデを補っていたのが、鉄壁のガードとスピードだ。タイソンの師匠、カス・ダマト氏はガードを徹底的に教え込んだという。ダマト氏は、どのような時でも常にグローブで顎を隠すように指示し、タイソンはグローブで顎をガードするためにグローブの親指部分を噛みながら練習をしていた。タイソンのスパーリング用のグローブの親指部分は、ちぎれそうになるくらいボロボロだった。

   タイソンの晩年は、練習不足によるスピードの衰えが顕著で、パンチを浴びるシーンが多く見られたが、全盛期の試合ではまともに被弾することは非常に少なかった。ヘビー級において小柄なタイソンが、プロで21年間にわたり58戦もの試合をこなすことが出来たのは、驚異的な攻撃力のおかげではなく、ヘビー級史上まれに見る防御技術を持ち合わせていたからに他ならないだろう。

   かつて、強すぎたタイソンに世界が熱狂した。強すぎる井上もまた、世界を熱狂させるだけの力がある。ボクシング界で最も権威があり、かつ歴史ある米専門誌「リング・マガジン」は、井上を全17階級のボクサーの中で4位に格付けした。日本ボクシングの歴史の中でこれほどまでに世界的評価を受けたボクサーはいないだろう。日本発の「モンスター」は、今や世界を席巻しつつある。

(J-CASTニュース編集部 木村直樹)