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ヒールを履いてみた僕は、10秒もせず転びそうになった 異色の靴職人が作る「男性用パンプス」

   「男にヒールを履かせたい」――#KuTooの動きが注目を集める中、そんなユニークな活動を展開している靴職人がいる。

   伊藤潤さん(34)は「いつの時代もルールを作っているのは男。ヒールは男が履くべきだと思っています」と強調する。2019年7月末には都内でイベントを企画。女性が主なターゲットだが、男性もヒール靴を履けるブースを設けるつもりだ。

  • 「女性が喜ぶ快適な靴づくり」を理念とする伊藤さん
    「女性が喜ぶ快適な靴づくり」を理念とする伊藤さん
  • 「女性が喜ぶ快適な靴づくり」を理念とする伊藤さん
  • 記者が履いた5センチのヒール靴
  • 工房でパンプスを履く伊藤さん

「だいぶ歩きやすい方なんです」と言われたが...

   6月20日の取材時、記者も実際に伊藤さんが作ったパンプスを履いてみた。

   サイズは27センチで、5センチヒール。男性用に作ったパンプスだ。

   「だいぶ歩きやすい方なんです」。伊藤さんはこう説明するが、10秒もしないうちにヒール部分がぐら付いた。歩いた場所は平面だったにもかかわらず、バランスを崩して転びそうになる。少し歩くだけでも慎重を期した。これを履いたまま走ることは、容易ではなさそうだ。

   足はずっと、つま先立ちをしているような感覚に近い。伊藤さんは「5センチくらいなら内出血とかないんですけど、7センチになるとさらにつま先がぐっとなり、もっとつま先を立ちするようなものなので」と説明。「特に男の人は体重が重いので、足にかかる負担も女の人に比べて比じゃなく、もっとつらくなりますね。ピンヒールだともっとぐらぐらしますね」と指摘する。5センチのパンプスは、7月末のイベントにも持っていく予定だという。

   これまでに記者も含めて7人の男性にハイヒールを履いてもらったという。伊藤さんは、「100人目指しますね」と目標を掲げる。

「役職のある人、プロレスラーとか力士、スポーツ選手から始まって議員さんとか。そういう人たちに履いてもらって、エンターテイメントとしてこう脚本作って、(動画を)配信していきたい」(伊藤さん)

初めて履いた9センチのピンヒール、今も爪に跡

   5月に上京し、東京都墨田区で靴職人をしている。オーダーメイドシューズを手掛ける「ジェイフット」の代表を務める。

   同月末ごろ、KuTooに関するイベントに参加し、署名活動をしている女優の石川優実さん(32)と出会った。「日程を調整して厚生労働省に一緒に署名を提出しにいって、『女性が喜ぶ快適な靴づくりはぼくの理念でもある』という話もしました」とKuTooとのかかわりを振り返る。「女の人が喜ばないのであればやらないのがぼくの判断基準があって。女の人の悩みは聞いてきたんです」。

   24歳ごろから整体師を5年ほどやっていた。この間、整形外科と連携し、O脚などに悩む来院者のために、症状を改善するための中敷き(インソール)を作るようになった。こうした中、来院する女性から何回も「靴を作ってほしい。先生が作ってくれたら一番早い」と頼まれたこともあったが、「ごめんなさい」などと断っていた。が、気持ちの変化が訪れる。

   「あまりにもほぼ毎日のように言われるので、だったら誰もやらないんだったらやろうかなと思った時期があって。それで仕事を週3や週2ぐらいにまで減らして、1回学校に通って靴を作れるようになってから靴一本に絞りました。医療の運動解剖学などから入っているので女の人の歩き方を見ただけでどうやって痛みを改善できるだろうか、このままいったらどこが痛くなるのかというのはわかるんですね」。整形外科でも働いた経験があるという。

   靴職人になったのは3年前。9センチのピンヒール靴を作り、自分で履いた。

「こんなにもぐらぐらして歩きにくいんだと。本当に衝撃が走りました。6時間くらいずっと履いてみたんですよ。爪が真っ黒になっちゃって、いまだに残っています。爪が前割れちゃって。ずっと跡残っちゃったんですね」(伊藤さん)

   指先に残ったのは、内出血の跡だという。「そこで初めて女の人の大変さがわかって、これはなんとかしてあげないと、という感じです」。

「もっと意見をくださいって」「男の意見が大事なので」

   生まれと育ちは名古屋。8歳ごろに両親が離婚し、父親は蒸発した。「前から父親がずっといなくて。教科書通りにぐれて、教科書通りに悪いこともして」。

   小学校高学年のころ、母親が人工透析の体になった。それでも「兄妹3人を食わせていく」と働いていたが、17歳の時、過労で亡くなった。「本当に愛のある母親で、母親からずっと『愛している』と言われて、全然実感もわかなかった」。

   母親が亡くなり祖母にも育てられたが、高校を卒業してすぐ家を出て1人暮らしをした。

   「ばあちゃんや兄妹とも不仲なので、すぐに家を出て家族誰とも連絡をとらずに、『おれは1人でおれは生きていく』って決めて」。23歳ぐらいまで水商売をやり、24歳ぐらいから整体師として働いていた。

   接骨院で働き始めたころ、祖母が亡くなった。「ばあちゃんが亡くなるかもしれない時に初めて家に帰ったんですね。一番親不孝もので、僕が来て10分で亡くなりました」と回顧する。

「一回も僕親孝行した覚えがないんですよね。本当にそれが心残りで、靴や解剖学とかそういうのも全部勉強して続けて、女の人に要望されたらぼく断れないんです。だから学校も通うし、普通お客さんに言われたところで、仕事減らして学校も通わないですけど、でも『やりますよ』と。今でこそ一貫しているから、女の人に靴も作れるし、足も治せるし、体も治せるからできるんです」(伊藤さん)

   女性に手を差し伸べる理由について、伊藤さんは次のようにも語った。

「ぼくの周りに女性の親とかいなくて、ばあちゃんと母さんへの恩返しでぼくはやっている。残りの人生は、もう女の人に対して貢献し続けるというのが自分のなかにあった。女の人を見るとみんな、お母さんとかおばあちゃんに見えてきちゃう。お願いされるともう、断れないですよ。むしろ女の人でも困っていたら、何よりも助けなきゃと思う。ぼくも女性のためだったら、それぐらいのことをしなきゃと思っているので。どれだけ。ばあちゃんや母さんに迷惑や心配をかけたかってことを考えると、おつりが来ますから。まだまだ恩返ししきれてないなと思って」(伊藤さん)

   批判的な声を浴びることもある。寄せられるのは、「フェミニスト野郎」「俺は履きたくない」「パンプス作ってんのにKuToo活動って矛盾している」「俺は革靴を履いて靴擦れとか起きているんだ」などのバッシングだ。

「もっと意見をくださいって僕は(メッセージを)送ります。男の意見が大事なので。そういう意見があればあるほど、履いてみたいって乗っかってくる人間もいるじゃないですか。10の反対が出たら10の賛成も出てくるので、もっと意見くれって言いますね」(伊藤さん)

(J-CASTニュース編集部 田中美知生)