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公的な「スクハラ相談窓口」は、なぜ必要か 教員の暴言に傷ついた19歳が、署名活動に立ち上がるまで

   東京都世田谷区の私立中高一貫校に通っていた中学2年当時、担任教諭から「お前は離婚家庭の子どもだからダメなんだ」と言われるなどして、不登校になったと訴える大学生が2019年7月16日、都内で記者会見を開き、国などにスクールハラスメントの公的な相談窓口設置を求めた。

   会見を開いたのは、早稲田大学教育学部2年の佐藤悠司さん(19)。相談窓口設置を求める署名活動をChange.org(チェンジ・ドット・オーグ)で始め、1カ月後の締め切りを予定する。

  • 会見を開いた佐藤さん
    会見を開いた佐藤さん
  • 会見を開いた佐藤さん

「学校に来い、学校に来い、学校に来い」

   中学2年当時、佐藤さんは陸上部に所属、担任教諭は美術部の顧問を務めており、佐藤さんは美術部にも所属していた。次第に陸上部に居づらさを感じるようになり、部活に行けなくなった。中学2年の1月、この担任の教諭から「陸上部に顔を出したらいい」と勧められた。陸上部に負い目を感じて行ったが、既に退部扱いにされている旨を伝えられた。次の大会があると聞かされ観戦に行ったが、風邪を引き学校を休んだ。

   母親は、退部扱いとなってショックを受けた佐藤さんが不登校になってしまったと勘違いをし、担任教諭に説明を求めた。担任は「ぼくに任せてください」と母親に電話で伝え、その後佐藤さんの携帯電話にかけ、「学校に来い、学校に来い、学校に来い」と言ってきた。佐藤さんは、「担任の口調は尋常ではなかった」と振り返る。

   体調が回復し、学校に行ったが、佐藤さんは担任への不信感を感じていた。担任の教師と話をし、電話でのしゃべり口調が尋常ではなかったことに恐怖を抱いたことから、「美術部をやめさせてください」と伝えたが、突然、担任の教師は怒りだし、長時間にわたっていかに人間としてだめなのかを言い続けられた。

「その中で特にぼくの心を深く傷つけた一言が、『離婚家庭の子どもだからお前はダメなんだ』でありました。言われた言葉はこれ一つではありません。でも一番傷つけた一言であります」(佐藤さん)

   先生に会いたくないと思うようになり、学校の近くに行くだけで腹痛が起こるようになった。不登校、引きこもりと言われる状態にもなった。睡眠障害にもなり、5年たった現在も治療を続けているという。

   家族からの抗議を受け、学校側は一定の謝罪をした。ところが佐藤さんによると、「ハラスメントの事実を公表することを求めたが、校長は拒否した」という。

   佐藤さんは、「教員によるハラスメントに遭った際、被害を相談し、指導してくれる実効性を持った公的な窓口がないことを痛感しました」と主張。大津市で発生した中学生のいじめ自殺を機に2013年制定された「いじめ防止対策推進法」にも言及し、「生徒間のいじめにおいては枠組みがつくられつつあるが、教員からのハラスメントは想定されていないのではないか」と疑問を投げかける。

「私学」理由に指導はできず

   精神的にも追い詰められていた佐藤さん。父親は行政機関に相談したが、東京都教委や世田谷区教委からは「私学を指導する権限はない」「保護者からの訴えがあったことを、私学運営者に伝えることしかできない」などの回答が得られたという。

   佐藤さんは、「私学の学校においては強い独自性を持っているため、外部の公的機関から指導することが公立の学校と比べて特に難しいことがわかりました。相談したどの行政機関もこの問題はあってはならないとしつつも、最終的には私立学校であることを理由に指導ができない、と回答しました」と振り返った。

   今回の署名は、文科省、東京都知事、そして世田谷区長を宛先としている。活動を通じて、「現行の教育制度やその不備を広く世間の皆さまに知っていただき、不備に対応する公的な窓口や機関の設置を求めたいと強く思いました」と主張し、次のように求めた。

「文科省には教育委員会とは違う第三者による公正な調停機関設立を、東京都には公立学校よりも指導がしにくい私立学校への対応として、私学助成金を管轄する部署にスクールハラスメント等の窓口を設け助成金の審査を厳格に行うこと、世田谷区においてはわたくし自身も在住しておりますし、問題になった学校もあります。保坂(展人)区長は教育について積極的な改革に取り組んでおられ、訴えを前向きに聞いてくれるのではないかと願っています」

「耐え忍んだあなたのがんばる姿が周囲からの理解へとつながっていく」

   その上で佐藤さんは、このように呼び掛けた。

「スクールハラスメントの被害に遭い、今なお苦しんでる生徒さんは絶対います。周囲の無理解に苦しみ、自分すらも信じられなくなってしまうことがあるかもしれません。心が折れそうになってしまうことがあるかもしれません。どうか決して自分を疑わないで、諦めないでほしいと思います。今がすごくつらいと思います。でも報われるときは必ず来ます。自分を強く持ってあきらめずにいれば、道が開ける瞬間は必ずあります。耐え忍んだあなたのがんばる姿が周囲からの理解へとつながっていくと思います。どうか自分を強く持ってほしい」

   顔と実名を出したことについて佐藤さんは、「全国でスクールハラスメントに苦しんでいる生徒さんは絶対いて、ハラスメントの大半は突発的に起こりうるものという認識があり、証拠を確保するのは非常に難しいのではないかと思います。その中で泣き寝入りという形を仕方なく取らされてしまうことがたくさんあるかと思います。でも、それはあってはならないことだと思いますし、正していくべきではないかなと。満身創痍ではありますが、私の体験をいま苦しんでいる生徒さんが知ることで、少しでも勇気になれば」と決意した理由を明かした。

内田良氏「学校現場では、大人側の権威は守られている」

   『学校ハラスメント 暴力・セクハラ・部活動―なぜ教育は『行き過ぎる』か』(朝日新書)などの著者として知られる、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の内田良准教授は16日、J-CASTニュースの取材に、次のように話した。

「いじめは道徳の教材でも扱われうる。他方、教科書やコミュニケーションの場でいじめのことは扱われても、先生が子どもに暴力をするとか、ハラスメントすることは学校現場でほとんど扱われていない。ニュースにはなっているからいじめ・ハラスメントも問題視されていると思いがちだが、学校現場では大人側の権威は守られているのが今回の大事なポイント。大人の側も当然ながら体罰やハラスメント、セクシャルハラスメントを含めて、子どもに危害を与えることもある。その相談窓口は必要でしょうという訴え。今まで学校教育では想定されにくい事態だっただけに、非常に意義のある活動かなと思います」

   そのうえで内田准教授は、学校の中に相談窓口を設ける難しさを指摘し、第三者としての窓口設置の意義をこう説明する。

「テストの点数が高ければいい時代は昔で、いまは子どもの態度や関心など目に見えにくいとこも評価されますので、先生のさじ加減っていうのは子どもたちに利いてしまう状況。先生になかなか歯向かえない条件下に子どもたちは置かれている。なかなか学校の中にハラスメント対策の窓口を作っても、子どもとしては非常に相談しにくい。学校の外だからこそ相談しやすいし、第三者としての客観的な判断によって事案を取り扱ってくれる」

(J-CASTニュース編集部 田中美知生)