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岡田光世 「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
都会と地方の断絶――忘れられた人たちの声を聞く 前編

「アメリカの分断(Divide)が叫ばれているけれど、地方に住む人たちと都会に住む人たちが、断絶(Disconnect)されているというのが、正しいと思うんだ」

    2019年8月、米中西部ウィスコンシン州のモンドヴィという小さな町のカウンティフェアで出会った時、ナッシュ(22)がそう言った。このフェアは年一度の郡のお祭りで、ボランティアをするかたわら地元紙にアルバイトとして記事を書くために、一眼レフを首からぶら下げて取材に来ていた。

  • カウンティフェアで地元紙の記者として取材するナッシュ
    カウンティフェアで地元紙の記者として取材するナッシュ
  • カウンティフェアで地元紙の記者として取材するナッシュ

州立大学で政治学を学ぶ地元紙のアルバイト記者

   1970年代後半に、交換留学生として一年間、学んだ高校の同窓会に出席するために、私はその町を訪れていた。ここは地理的にも北海道のような酪農地帯だ。ナッシュはここで農家の子として生まれ育ち、父親を手伝って肉牛の世話などをしてきた。今は同州の首都マディソンにある州立大学で、ジャーナリズムと政治学を専攻している。首都ワシントンで半年間、民主党寄りの3大テレビネットワークのひとつ、NBCでインターンの経験があった。

   都会と地方についてナッシュの考えを聞きたいと伝え、後日、同じ場所で落ち合った。この連載の前々回の記事(2019年8月18日付)「銃乱射の日常めぐる『思い』を聞く 前編」では、銃に対する彼の声を取り上げた。

   ナッシュはその日、私に会う前に、母親がトマトソースを作るのを一緒に手伝い、夕方、父親とともに私を自分たちの農場へ案内してくれた。それから、父親はフェアに戻り、ナッシュは夕食を取るために母親の家へ帰った。両親は、彼が5歳の時に離婚して、別々に暮らしている。夕食を終え、私とのインタビューのためにやってきたのは、午後8時半を過ぎていた。家族との時間を大事にしているのがわかる。

民主党が強いウィスコンシン州でトランプが勝ったワケ

   ウィスコンシン州は米中西部の最北に位置し、五大湖とミシシッピー川にはさまれている。日本の約半分の面積に580万人が暮らし、人口密度は日本の8分の1だ。愛称「Dairy Country(酪農の国)」のごとく、酪農の州として知られる。ミシガン湖に面する州東部の州最大都市ミルウォーキーは、ビール醸造業が盛んだ。

   この州は歴史的に民主党の地盤とされていたが、2016年の大統領選ではトランプ氏がヒラリー・クリントン氏に1%以下という僅差で勝利し、トランプ大統領の誕生につながった。同州の都市部や大学町ではクリントン支持が強かったが、モンドヴィのあるバッファロー郡では、58%がトランプ氏、36%がクリントン氏に投票した。

「アメリカはもともと農業国だったけれど、多くの人はもう何世代も前から農業と縁がなくなり、都会に住み、地方の暮らしや価値観を忘れてしまった気がする。地方の人たちは都会に比べ、素朴で誠実で謙虚だ。都会では人々が宗教から離れ、リベラルになり、仕事や社会的な成功を重視するようになった。地方では今でも家族が機能していて、伝統を大切にする。信仰を持つ人が多く、教会が地域の中心になっている。コミュティの意識が強い」

   都会と農村のギャップはますます大きくなりつつある、とナッシュは感じている。

「都会では『教育』に重きを置くのに対して、この辺りに住む人たちにとっては大切なのは、『勤労』だ。リベラルが多い都会で暮らす人たちに、その辺の価値観が理解しにくいのではないかと思う。だから、朝早くから夜遅くまで休みの日もなく、汗水垂らして働いて得た金の多くが税金に取られ、ローンを払えない学生や、不法移民のために使われるのは、納得できない。一部の民主党の支持者が声高に叫んでいる学生ローンの帳消し(student loan forgiveness)や、検問所のない国境(open border)が、その最たるものだ」

「アメリカン・ドリームが今も健在なのは、都会ではなく地方」

   ニューヨーク州選出の民主党女性下院議員、アレクサンドリア・オカシオコルテス氏など、格差をなくして社会主義的な政策を訴える、民主党のなかでもかなりリベラルで左寄りのプログレッシブ(進歩派)な人たちの存在が目立ってきた。とくに2008年のリーマン・ショックの後、「努力をしても報われない」と不満を感じる若者を中心に、急速に支持を広げている。

「それは、人生経験の欠如から来ている部分もある」とナッシュは言う。「税金をまだまともに払っていない僕のような若者たちが、理想を掲げるのはたやすいことだ。でも働き始めて、自分が稼いだ収入の多くが税金に取られていったら、考えが変わっていく人も多いはずだ」

   アメリカン・ドリームが今も健在なのは、都会ではなく地方だ、とナッシュは言う。「アメリカン・ドリームは勤勉と努力によって勝ち取るもので、その価値観が今も根付いているのは、地方だ。都会ではそれが教育にとって変わった」

   トランプ氏が大統領選で地元の人たちの心をつかんだのは、「自分の努力で立身出世した男というイメージを、戦略として巧みに利用したからだ」とナッシュは話す。

   トランプ氏はニューヨークという大都会の生まれだが、「『私は父親からの援助を元手に、不動産王の地位を築き、政治家としての経験もないのに、ホワイトハウスを自分のものにするんだ』と印象付けた。He pulled himself up by his bootstraps.(彼は自助努力でやり遂げたんだ)、まさにアメリカン・ドリームを手にした、と人々は思ったんだ」

   そして、「何より地元の人たちの心に響いたのは」とナッシュは続けた。

「ヒラリーと違って、彼がこの州に何度も足を運んだことだよ。自分たちのことを気にかけてくれている、と思ったんだ。自分たちは忘れ去られてはいないんだと」

   2016年の大統領選で、ナッシュはトランプ氏にもクリントン氏にも投票しなかったという。2020年にトランプ氏が再選すると思うか。

   私のその問いに、この先何が起きるかわからないけれど、と前置きしたうえで、ナッシュは答えた。

「僕の直感では、再選すると思う。多くの人はまだ、忘れ去られていると怒りを感じているからだ」

(次回に続く。随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。