J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

「得」なはずの年金繰り下げ受給を、高齢者の「1%」しか選ばないのは何故か

   公的年金の「老後2000万円不足問題」が今夏以降、注目を集める中、年金受給開始時期を遅らせる「繰り下げ受給」への関心が高まっている。少しでも繰り下げれば受給額が増えるためだ。

   公的年金の「老後2000万円不足問題」が今夏以降、注目を集める中、年金受給開始時期を遅らせる「繰り下げ受給」への関心が高まっている。少しでも繰り下げれば受給額が増えるためだ。

   ただ、活用はなかなか広がっていないのも実情だ。

平均寿命まで生きれば「元が取れる」

   年金の受給が始まるのは原則として65歳。しかし現行制度では、本人が希望すれば、60~70歳の範囲で自由に開始時期を選ぶことができる。そして開始時期によって受給額は異なり、開始時期を繰り上げれば月0.5%ずつ減額され、繰り下げれば月0.7%ずつ増えることになる。例えば、60歳の受給開始を選び、5年繰り上げれば「0.5%×60カ月」で30%減る一方、70歳まで繰り下げれば「0.7%×60カ月」で42%増える。その金額は本人が亡くなるまで変わらない。

   繰り下げ受給については、計算上はおおむね12年で元がとれるとされており、70歳まで繰り下げるなら82歳まで生きれば得になる。2019年7月に発表された2018年の平均寿命は女性が87.32歳、男性が81.25歳で、年々上がっている。「人生100年時代」といわれ、長寿が当たり前になる時代では、多くの人にとって繰り下げ受給は有利になる可能性が高い。

   だが実際は、繰り下げ受給を選択している人は極めて少ない。厚生労働省によれば、受給開始時期の選択がもうできない70歳の受給権者について調べると、厚生年金、国民年金の受給権者ともに、繰り下げを選んだ人は2012~2016年度で1%程度に過ぎなかった。反対に繰り上げ受給を選ぶ人は意外に多く、厚生年金の受給権をもたない国民年金の受給権者の場合、同時期の繰り上げ受給は20%強に上っている。

   こうした状況について、年金問題に詳しいファイナンシャル・プランナーは「制度が十分に周知されていないことに加え、無年金状態では生活できないという人が多いためだろう」と見ている。経済環境は厳しく、仕事もなかったり、蓄えもなかったりすれば、目先の年金に頼るほかないケースは少なくないのだ。

「もらえるものは早めにもらった方が安心だ」

   一方、繰り下げ受給には注意点もある。夫が繰り下げ受給をした場合、一定の条件を満たす妻がいれば支給される「加給年金」がもらえなくなる。加給年金は最大で年間約39万円なので、これが惜しくて繰り下げを利用しないケースもある。ただ、サラリーマンだった夫の場合、基礎年金と厚生年金のうち、どちらか一方だけ繰り下げないこともでき、一方の支給を受けていれば加給年金も手にできる。このように年金制度が複雑であることも、繰り下げ受給が進まない背景にありそうだ。

   そもそも繰り下げ受給には、国家財政が厳しい中、年金の支給を少しでも先送りしたいという政府の狙いがある。9月20日に初会合を開いた政府の「全世代型社会保障検討会議」(議長・安倍首相)でも、「70歳まで働ける制度や環境整備を併せ、年金の受給開始年齢の選択肢を70歳超に拡大することも検討することを打ち出している。

   繰り下げ受給をしない人の中には、年金制度への不信感が強く、「もらえるものは早めにもらった方が安心だ」と考える人もいるという。政府の政策に踊らされず、自分自身がどう老後を過ごしたいのかをしっかり見極めることが重要になりそうだ。