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井上VSドネア戦はなぜ世界で評価されたのか 米・英メディアで年間最高試合「3冠」

   「モンスター」井上尚弥(26)=大橋=が新たな「勲章」を手に入れた。

   米スポーツ専門局「ESPN」が2019年12月26日、ボクシングの2019年度の年間最高試合に井上尚弥VSノニト・ドネア(フィリピン)戦を選んだ。同試合は11月7日にワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝戦として行われ、井上が判定でドネアを下しWBA王座統一とIBF王座の防衛に成功した。

  • 井上尚弥(2016年撮影)
    井上尚弥(2016年撮影)
  • 井上尚弥(2016年撮影)

PFP1位アルバレスを上回る高評価

   世界中が注目した「11・7決戦」。その期待を裏切らなかった両雄に「ESPN」が最大の評価を与えた。井上VSドネア戦は、試合直後から世界中のメディアで絶賛され、米国の歴史ある専門誌「ザ・リング」、英国の専門誌「ボクシングニュース」でも年間最高試合に選出された。日本が誇る「モンスター」とフィリピンのレジェンドの一戦は、世界が認めた伝説の名勝負となった。

   現在、ボクシング界で人気、実力ともに世界のトップに君臨するのがサウル・アルバレス(メキシコ)だ。「ザ・リング」のパウンド・フォー・パウンド(PFP)でもトップに立ち、ファイトマネーは現役選手の中で群を抜いている。今年5月にはミドル級のベルトを統一し、11月にはライトヘビー級の王座を獲得。2試合とも十分、偉業に見合うものだが、世界の評価は井上VSドネア戦が上回った。

   なぜ井上VSドネア戦がそれほどまでに世界の専門家の心を引き付けたのだろうか。改めて「11・7決戦」を振り返ってみたい。

ドネアはベストコンディション、メンタルも...

   戦前の専門家の予想の多くは井上のKO勝利、もしくは圧勝だった。対戦時の両者の年齢差は10歳ほどあり、ドネアの体力的な衰えを指摘する声もあった。だが、さいたまスーパーアリーナのリングに立ったドネアはベストコンディションで、メンタルも充実していたようにみえた。

   この試合の大きなポイントとなったのが2回、9回、11回だろう。2回にドネアが放った左フックが井上の顔面をとらえ右目上を切り裂いた。井上にとってパンチによる顔面のカットはプロ、アマ通じて初めての経験だった。後日には、右目眼窩底骨折の重傷だったことが判明。パンチによるカットのため、出血がひどくなれば試合を止められTKO負けとなるだけに、以降は慎重に試合を進めざるを得なかった。

   9回はドネアにとって悔やまれるラウンドになった。ドネアは右ストレートのカウンターで井上をぐらつかせるも詰め切れなかった。「もっとパンチを打ちこめていたら、もしかしたら倒せたかもしれない」と試合後に振り返ったように最大のチャンスだった。8回には井上の右目上の出血が激しさを増し、流れがドネアに傾いていたラウンドだったが、あと一発が出なかった。

井上、ドネアが見せたハイレベルの防御技術

   そして11回、この試合のクライマックスが訪れる。井上が右アッパーから左ボディーを打ち込むと、ドネアはたまらず背中を向けた。2歩、3歩と足を進め赤コーナー付近で膝をついた。カウントぎりぎりで立ち上がったドネアは、井上の猛攻に果敢に応戦。何度も空を切ったものの、迫力満点の左フックを強振し2万の大観衆を沸かせた。

   井上、ドネアのファイティングスピリッツはもちろんのこと、両者の高いレベルのボクシング技術が光った。井上の防御技術は相変わらず目を見張るものがあった。この試合では再三、ドネアと左フックの相打ちとなったが、かなりの確率で芯を外していた。相打ちにみえるシーンの多くで井上は顔を右方向にそむけてかわしている。そしてそのままの体勢から左フックをドネアの顔面にヒットさせている。高い防御技術とバランス感覚がなせる業である。

   ドネアもまた高い防御技術をみせた。左フック、左ボディーをブロックするために右の脇をしっかりと締め、右のグローブは常に右顎をガードしていた。ストレート系のパンチは右腕でブロックし、左ボディーにも対応した。11回のダウンシーンは、ドネアが井上の右アッパーに反応し、わずかに右の脇が空いたところを打ち込まれた。12ラウンドを通じて数少ないミスが、命取りとなってしまった。

3ジャッジの採点が割れたのは3ラウンドだけ

   この試合はスリリングかつ、両者クリーンなボクシングを展開した。これが世界的な評価をもたらしたのではないだろうか。試合の中で明確なクリンチがみられたのは、9回に井上がぐらついた後にクリンチにいったものだけ。ドネアにいたっては、11回のダウン後に井上に少し寄りかかる仕草を見せただけで、クリンチは一度もなかった。世界最高峰の技術を持つ2人のボクサーが真っ向から勝負した結果が、名勝負を生んだのだろう。

   ラウンドによって主導権が行きかう分かり易い展開は、ボクシングの専門家だけではなく、世界のボクシングファンの心をつかんだ。この試合を採点した3人のジャッジが共通して同じ点数をつけたのは12ラウンド中8ラウンドあった。ひとりのジャッジが5回にドネアを8点としたため横並びとならなかったが、3人いずれも井上を支持。採点が割れたのはわずかに3ラウンドのみで、7ラウンドから12ラウンドまでは3人すべてが同じ点数だった。

   この一戦で井上の世界的な評価はさらに上昇した一方で、負けたドネアも改めて高い評価を受けた。ダウンをしてKOのピンチを招いてもなおクリンチという手段を択ばなかったフィリピンのレジェンド。そしてレジェンドの魂をリスペクトするように最後までKOを狙いにいった「モンスター」。井上、ドネアの両雄が、ボクシング界の歴史に新たな1ページを刻んだ。