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「自分の人生を生きたら」 林死刑囚長男、差し伸べられる手への感謝と「逃げられない」思い

   1998年7月に和歌山県和歌山市園部で開かれた夏祭りで、カレーを食べた67人が急性ヒ素中毒になり、4人が亡くなった「和歌山カレー事件」。殺人罪などで死刑が確定した林真須美死刑囚は、現在も大阪拘置所にいる。

   林死刑囚からの手紙をツイッターで紹介するなどして、発信しているのが、その長男である「和歌山カレー事件 長男」(@wakayamacurry)。ネット上で話題になっているのを受け、J-CASTニュースでは2019年5月末、アカウントを運用する長男(32)に話を聞いた。

   長男はその後も、著書『もう逃げない。いままで黙っていた「家族」のこと』(ビジネス社)を刊行したり、メディアに出演したりするなど、情報発信を精力的にしている。ツイッター開設当初と比べ、心境の変化はあるのだろうか。再び長男の住む和歌山市に行き、本人に現在の気持ちを聞いた。

  • 本を手に取る長男
    本を手に取る長男
  • 本を手に取る長男
  • 事件現場(2019年12月11日編集部撮影)
  • 林真須美死刑囚の自宅跡(2019年12月11日編集部撮影)

「3万円ぐらいのワンルームで、細々と暮らしている状況です」

   5月28日にJ-CASTニュースが報道後、ツイッターのフォロワーが3000ほど増えたという。「あれ(記事)を見たって言って、テレビ局が後から来た」。長男に再取材した12月11日現在で、フォロワーは約1万5000。「顔も出してないし、名前も明かしてない。ただの会社員ですが、やっぱり関心あるのかなと思いました。あれがニュースになって、あの時点では誹謗中傷はあんまりなかったんですけど、何かニュースになる度に新しい誹謗中傷が来るようになった」。

   ツイッターのプロフィール欄では、「辛辣な意見、誹謗中傷含め様々なご意見をお聞かせ下さい」と呼びかけている。「『人殺しの子ども』、『お前が償え』、『被害者の気持ちを考えろ』など、そういうたぐいのものはある程度来るだろうなと思って(ツイッターを)始めているので、受け入れる態勢はできているんですけど、気が済むまで言ってもらった後はこっちの弁護側の主張や母親の主張も目にしてほしい」。

   7月には、両親が逮捕された後の生活、入所先の児童養護施設で受けた暴力、プロポーズした女性との婚約破棄など、これまでの経験をまとめた著書を出した。長男は本を出した経緯についてこう振り返る。

   「4年前ぐらいからお父さんに代わって取材を受け始めた。父親も70を超えて、デイサービスに通っているんですけど、デイサービスにもメディアや週刊誌から電話が来た。『紀州のドンファンについてどう思いますか』とか。放っておくとまずいことになりそうだなと思って、間に入りだした。そこから年間3、40回取材を受ける中で、何かまとめられればと。ちょっと(本を)読んでから(取材に)来てもらえた方が楽だろうなと思ったりした。名刺代わりといいますか。そう考えて、自分なりにメモを作っていった」。出版社からは昨年夏ぐらいに声がかかったという。

「名前も顔もなるべく出したくない。(本の)表紙も何パターンか作ってもらっている中で一番(顔が)出ていない。つらかったり、悲しかったりしたこと、犯罪加害者家族はこうなるんだ、というのを訴えるのではない。この事件で林真須美の息子ということにずっと束縛され続けて、今後も、あの両親の子どもということで生きていかなきゃいけない。だんだん取材を受けるようになっていって、やっぱり逃げたくなった。ヤフーのコメント欄での厳しめの意見への怖さもあるんですけど、両親の子どもということに逃げずに向き合おうとすることで、自分の人生をリスタート(する)といいますか。この事件を区切らない限り、前に進めないような気がしました」

   印税で優雅に暮らしている、という趣旨の声も来るが、長男は「それだったら本職やめています」と否定する。「3万円ぐらいのワンルームで、細々と暮らしている状況です。印税なんてお給料1カ月分ぐらいですよ。印税は被害者に寄付しろ、とか書かれますが、(母親が)やっていないと言い続けている段階で、ぼくが勝手に寄付なんてしようものなら......」。

「ぼくの場合、逃げる=(母親を)見放すなんです」

   今年7月に本を出版後、オファーがあり、東京や大阪で開かれたトークイベントにも参加した。トークイベントに臨んだ際の様子をこう振り返った。

「世間からどう見られているか一番、気にしながら生きてきた。そんな人間がトークイベントの会場にいた時に、最初は目の数がすごくて怖かったですね。しかも、事情をみんな知っている上で、前に出ていくのはすごく怖かった」

   一方で、スマートフォンでの隠し撮りをされたり、やじも飛ばされたりするのではないか、という点も気にしていたという。「写真はNGにしてもらった。隠れてスマホで撮られたりするのかなと思って挑んだけど、割とみんなルールを守っていました。やじなども一切飛ばずに、『あんたは悪くないよ』、『頑張って』、そういった意見をもらえたこともちょっとびっくりしました」。

   トークイベントでは、前向きな言葉をかけてもらった。「『親がやったこと』、『逃げたらいいんだよ』とか、そういった意見もあったんですけど、ぼくの場合、事が死刑事件で、逃げる=(母親を)見放すなんです。懲役刑であれば、逃げても(母親は)死にはしないんですけど。死刑囚は身寄りもいない順番に処刑されていくと弁護士から聞いたことがあった。今でも面会には月に1回2回行っているし、まだ家族のバックアップがある。優先順位としては、身寄りのない人に比べれば(処刑が)遅くなると聞いていた。『いやだったら向き合わずに自分の人生を生きたらいいんだよ』という声をたくさん頂くんですけど、ぼくの場合逃げる=処刑、逃げられないというか。結婚してマイホーム建ててみたいな一般的な幸せとの両立はものすごく難しい。やろうとしたけど失敗に終わった。他府県に引っ越してパートナーをつくっていたとしても、いつの日かニュースで処刑ということが流れてくるんじゃないか」。

「一人の人間、男として、接してくれた」

   トークイベントに出演し、人と触れ合ったという。

「ずっと1人で生きてきて、世間の人と触れ合うことってあんまりなかった。(トークイベントで人と)触れ合ったことで、自分の今までの生活が異常だったことにも気づきました。それが日常で、ぼくとしてはもう差別されるのが当たり前。意見なんか言える立場じゃないと言うと、『そんなことない』って手を差し伸べてくれようとするんです。『ぼくなんてぼくなんて』という生き方をずっとしてきていて、社会でいう最下層に位置している。だから、死刑問題についても言及はしない。『国に思うことはないの』とか、『支援するNPOとかもあるんだよ』とか言われ、『おこがましくてそんなことは』と言うと、『何を言っているの』と。ちゃんと手を差し伸べてくれる人もいるんだというのは、トークイベントで一番感じましたね」

   一人の人間として、「接してくれた」ことにうれしさや「驚き」を覚えた。「『死刑囚の子どもですよ』というと、『それが何よ』みたいな。そういう見方をせずに、一人の人間、男として、接してくれた」。

   そして、会場で人々が接してくれたことは、自己肯定感にもつながった。

「(ツイッターでの)発信含めて、始めてみてよかったですね。この間の記事の感想は何て書かれているんだろうって、隠れてこそこそずっとチェックしていたりしたんです。(記事の内容を)これは否定したいなと思っても、我慢して『仕方ない、仕方ない』って終わらせていたんですけど、そこで自分も発信していいんだと」

(J-CASTニュース編集部 田中美知生)