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「検察官同一体の原則」と「法的安定性」 定年延長問題のポイントを振り返る

   東京高検検事長の定年延長問題。簡単に経緯を振り返ってみると――。

  • 安倍政権の「解釈変更」に反発、なぜ?(2019年9月撮影)
    安倍政権の「解釈変更」に反発、なぜ?(2019年9月撮影)
  • 安倍政権の「解釈変更」に反発、なぜ?(2019年9月撮影)

「法治国家の根幹が揺らぐ」批判なぜ?

【2020年1月31日】黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を閣議決定
【2月3日】森雅子法相が定年延長の根拠について「延長は国家公務員法を適用」と答弁
【2月10日】立憲民主党・山尾志桜里議員、1981年人事院が「検察官には国家公務員法の定年制は適用されない」とした答弁との矛盾を指摘
森雅子法相、1981年人事院答弁について「詳細は知らない」と答弁
【2月12日】人事院給与局長、1981年人事院答弁について「現在まで同じ解釈を続けている」(=検察官には国家公務員法の定年制は適用されない)と説明
【2月13日】安倍晋三首相、「今般(検察官に)国家公務員法の規定が適用されると解釈することにした」と政府解釈を変更
【2月19日】給与局長、12日の答弁について「つい言い間違えた」「現在というのは1月22日」として修正・撤回
森雅子法相、政府の解釈変更について「法務省から1月22日に検察庁法の解釈を提示」「人事院から1月24日に異論がないと回答」、さらに法務省と人事院の協議文書について「必要な決裁は取っている」と説明
【2月21日】法務省、協議文書について「正式な決裁はしていない、口頭で決裁した」と修正

   2月13日、安倍首相が定年延長をめぐり政府解釈を変更したことに前後し、1981年の人事院答弁との整合性を図るためか、法務省や人事院による答弁の修正や撤回が相次いだ。

   東京高検検事長の定年延長をめぐっては「法治国家の根幹が揺らぐ」「法の支配が根底から揺らぐ」などの批判が起きている。これはどういうことだろうか。

   今回、押さえておきたいポイントは2つだ。

(1)そもそも「検察庁法」の成り立ちは?
(2)定年延長で「法的安定性」は維持されるのか?

そもそも「検察庁法」の成り立ちは?

   戦後間もない1947年、検察庁の組織運営と検察官の任命手続について定めたのが「検察庁法」だ。検察官も国家公務員ではあるものの、そのなかでも検察官を特別に抜き出し、検察官にだけ適用する法律として、「検察庁法」は国家公務員法に先立ってつくられた。

   どうして検察官だけ特別なのかというと、検察官には首相すら逮捕できる「強大な権力」があるからだ。こうした権力を持つからこそ、「検察庁法」で明確に検察官の権限を定め、さらに恣意的な判断で定年が決まらないよう、一律に検事総長は65歳、それ以外の検察官は63歳で定年とし、その年齢に達したらどんな検察官も辞めるというルールでやってきた。

   さらに、検察の中立性を維持するため、検察内部で大事にされてきた原則がある。それが「検察官同一体の原則」だ。検察官の誰もが同じ職務を遂行し、同じ成果を出す、代わりの効かない存在は「いない」という考え方だ。

   東京高検検事長の定年延長の理由について、政府は「東京高検管内で遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため」と説明しているが、「検察官同一体の原則」から考えると理由とはならない。「東京高検検事長だけが遂行できる仕事」という考え方をすること自体、「検察官同一体の原則」に反するからだ。

   こうしたルールや考え方に基づき、検察権力は平等中立に行使され、国民からは「検察は中立に正義を実現している」と信頼されてきた。そして、こうした信頼関係が「法治国家」の礎にもなってきたのだ。

検察内部からも「信頼が疑われる」

   「検察庁法」がつくられた目的、検察権力のあり方、検察の中立性などを踏まえると、国家公務員法の延長規定を「検察庁法」にも適用することは、政府解釈を変更したから適用可能というほど、単純な問題ではないことが見えてきたと思う。

   というのも、今回の定年延長は「法的安定性」にもかかわる問題だ。政府は1981年の人事院答弁で「検察官には国家公務員法の定年制は適用されない」と答弁し、以降30年以上にわたり、ただの一度も例外を認めることなく、この答弁を維持してきた。

   長年にわたり答弁や法律が安定的に維持されることを「法的安定性」というのだが、国民はこの「法的安定性」を信頼して行動している。たとえば、信号機が青信号の時に動く、赤信号の時に止まるというのも「法的安定性」だ。国民が信頼して行動しているからこそ、突然の解釈変更は混乱を招くため、解釈を変更するならば、社会情勢などを踏まえた合理的な理由が必要となってくる。

   仮に、時の政権の都合で、従来の法解釈を自由に変更して構わないとなると、国会が議論して決めた法律であっても、運用は時の政権の意向次第という危うさをはらむことになる。そうすると、「法的安定性」が損なわれ、ひいては「法治国家」の根幹が揺らぐことになるため、今回の定年延長においても批判が相次いでいるのだ。

   安倍政権に擁護的な産経新聞でさえ「主張」(社説)で「安易な解釈変更に頼らず検察庁法を改正するのが本筋だった」「法務省が、法治国家の行政のありようを傷つけたのは問題だ」と論じ、検察内部からも「不偏不党でやってきた検察への信頼が疑われる」との声も挙がっているという(NHK報道より)。

   「法治国家の根幹が揺らぐ」との批判に、安倍首相や法務省はきちんと応えられているだろうか――。求められているのは国会答弁の修正や撤回ではなく、合理的な理由や慎重な議論なのかもしれない。