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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
コロナでニューヨークもゴーストタウン

   全米を今、新型コロナウイルスが襲っている。

   これまで共和党も民主党も、新型コロナウイルスを政治利用していたかに見えるが、両党で言い争っている場合ではなくなった。

   今回のこの連載では、新型コロナウイルスの影響を大きく受けている米最大都市ニューヨーク市から、街や人々の様子を何回かに分けて伝えたい。

   ニューヨーク州は感染者数が、ワシントン州を越えて最多となった。ニューヨーク市では、2020年3月12日には95人だった感染者が、17日の発表では923人と急増している。住民は感染を恐れて外出を避け、可能な限り在宅勤務している。

  • 閑散としているブロードウエイの劇場街
    閑散としているブロードウエイの劇場街
  • 閑散としているブロードウエイの劇場街
  • 通勤列車が多く発着するターミナル「グランド・セントラル」駅も、人影はまばら
  • ロックフェラーセンターのスケートリンクで滑っていたのは、このカップルだけ

「これは戦争だ」

「これは戦争だ。我々は手をたずさえて、打ち勝たなければならない」

   3月17日朝(米東部時間)も、ニュースキャスターや政府関係者が発言していた。

   3月17日は、マンハッタンの5番街でSaint Patrick's Day Parade(セントパトリックス・デー・パレード)」が繰り広げられ、街は緑一色に染まり、街中のアイリッシュバーはビールを手に人々が道まであふれ出し、この日を祝っているはずだった。が、コロナウイルスの影響で、1762年に始まって以来、初めて、この街最大のパレードは延期となった。

   そのたった数日前、忘れ物のジャケットを取りに行ったアイリッシュバーでは、体格のいい男たちが、狭いカウンターでかなり接近して飲み食いしながら、話に花を咲かせていた。

   こうした「危機感に欠ける」人々の行動を懸念し、ニューヨーク市の広域都市圏を含むニューヨーク、ニュージャージー、コネチカット州の3州は、16日夜8時以降、レストランやバー、カフェを閉鎖。テイクアウトとデリバリーだけに限り、営業を認めている。

   また、映画館、ジム、カジノを完全に封鎖。50人以上の集会も禁止している。公立校も18日から2週間、閉鎖されることになった。

ブロードウエイもタイムズスクエアも人がいない

   マンハッタンの東隣のクイーンズ区のインド料理店では、客のいない店でオーナーがひとり、テレビを見ていた。

   「この先、本当に心配だよ。この通り、客は誰もいないさ。テイクアウトにだって、客なんか来やしないさ。明日のことはまったくわからない。だからみんな、テレビのニュースに釘付けだ。それがまた、不安をあおるんだ」と表情は暗い。

   マンハッタン南部のチャイナタウンもリトル・イタリーも、街ゆく人はまばらで、ゴーストタウンのようだ。いつもなら地元の買い物客や観光客でごった返し、リトル・イタリーの店先では大声で盛んに客引きをしている。

   チャイナタウンの土産店のオーナーで、バングラデシュ出身の男性は、「今日の客? 朝からたったひとりだよ。10ドルの携帯充電器を買ってくれた」と肩を落とす。その時、すでにもう、夕方4時を回っていた。

   トランプ米政権は3月14日から欧州26カ国を対象に入国制限を開始。16日には、イギリスとアイルランドもそれに加わった。

   セントラルパークの屋台でホットドッグなどを売っているエジプト人のモハメッドは、「今日の売り上げは、いつもの10%だよ。コロナはしばらく収束しやしない。この状態が続いたら、家賃を払えるかどうか。コロナのせいで、こんなことになっちまったんだ」と苦々しそうに言う。

   ブロードウエイ・ミュージカルの劇場、オペラハウス、コンサートホール、図書館も閉鎖。会場やスポーツなどのイベントも相次いで延期・中止となった。

   いつもは多くの人で賑わうロックフェラーセンターのスケートリンクも、16日昼過ぎに滑っていたのは1カップルだけ。

   「ふたりでリンクを独占なんて。いくら払ったのかしら」とジョークを投げかけると、「いいだろ。通常料金だよ」と笑って答えた。

   テロ跡地にできた「911 Memorial&Museum」も封鎖され、昼間だというのに、そのすぐそばにあるニューヨーク市とニュージャージー州を結ぶ鉄道(PATH)の駅はガラガラだった。通勤列車が多く発着するターミナル「Grand Central Station(グランド・セントラル駅)」も、人影はまばらだ。

   全米や世界中から観光客が集まるタイムズスクエアも、今は閑散としている。そこにある大型ホテルに入ってみると、ショップにもレストランにも人はほとんどいなかった。静まり返ったレストラン内に、コロナ感染を報道するCNNのテレビの音声だけが流れていた。

   エレベーターで同僚と立ち話していたホテル従業員は、「今日も客室の1割しか埋まってないよ。タイムズスクエアの劇場も何もかも閉まってるんだ。ここに泊まる理由もないからね」と首をすくめる。

   レストランで暇そうに立っている男性シェフ2人が、さみし気な笑顔を私に向け、手を振った。

ニューヨークの「外出禁止令」も検討

   ニューヨーク市では今、住民に外出禁止令を出すかどうか、検討されている。

   同市の川向こうのニュージャージー州ホーボーケンでは、住民の夜間外出が禁止されているほか、西部カリフォルニア州サンフランシスコなどでも、不要不急の場合を除き、外出が禁止されている。

   3月16日、新型コロナウイルス拡大の懸念から、ニューヨーク株式市場のダウ平均の下げ幅は一時、2700ドルを超え、1987年10月のblack Monday(暗黒の月曜日)以来の大きな下げ幅となった。ニューヨーク証券取引所は、取引を一時停止した。取引停止は先週に続いて3度目だ。

   ゴーストタウンと化したニューヨーク。16日、閉鎖される前に、レストランで最後のディナーを済ませて外に出ると、道端に止めた車の脇の歩道で、若い黒人男性がうつ伏せになっていた。どうしたのだろうと見ていると、突然、腕立て伏せを始めた。

   目が合うと、「ジムが閉っちまったんだよ。でもエクササイズはしなきゃなんないだろ。だから、ここでやってんだよ」と笑った。

   長年、この街に住んできたけれど、今ほどニューヨークらしからぬ閑散とした光景を、これまでに見た記憶はない。

   そんな状況のなかで、腕立て伏せをしていた男性のユーモアが、私に希望を与えてくれた。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。